第24章 びゐどろの獣✔
「だから私は、死にません」
そんなにも胸を熱くさせるものを知ってしまったのだ。
それを残して、死にゆく道は選べない。
「それに──…杏寿郎さんだけじゃ、ありません。槇寿郎さんも、千寿郎さんもいるこのおうちが、大好きだから。一人でも二人でもない。四人で、いたいから」
杏寿郎のような明るさも、千寿郎のような柔らかさも持たない。きついだけの槇寿郎の双眸が、僅かに揺れる。
「家族で、いたいんです」
噛み締めるようにして告げる蛍の顔が、朱と金の瞳に映る。
今度こそその瞳は、亡き妻ではなく、蛍の姿を捉えた。
「…蛍、さん…」
「はい」
呼べば応えがある。
愛しき人へ想いをただただ馳せる、一方的なものではない。
触れれば、温かくて。
踏み出せば、向き合ってくれる。
それは、ひとりでは感じ得られないことだ。
「…できるのだろうか…」
「…何が、ですか…?」
「俺が…新たに、瑠火以外の家族を持つなどと…」
小雨のような、弱々しい問いかけだった。
耳を澄ませないと聞こえない程の槇寿郎の微かな本音に、蛍はふ、と吐息を一つ。目尻を柔く緩めて、なんでもないことだと笑った。
「できますよ。年齢も、性別も、立場も関係ない。お互いが同じ気持ちでいられたら、それだけで十分なんです」
「そう教えてくれたのは、貴方の息子さんなんですよ」と続けたくなる言葉を呑み込む。
今この場には、槇寿郎の思いだけがあればいい。
「無理に形にしようとしなくても、自然と繋がれるはずです。だから私は、ここにいます」
ゆっくりと伸びた蛍の指先が、包帯に触れたままの槇寿郎の手に、遠慮がちにちょこんと触れる。
杏寿郎や千寿郎のように、握り返してくる訳ではない。
それでも逃げたり抗う素振りを見せない手に、蛍はほっと頬を緩めた。
「蛍さん」
「はい」
今度ははっきりと槇寿郎がその名を呼ぶ。
包帯に触れていた手を己の膝へと下ろすと、拳を握った。