第24章 びゐどろの獣✔
顔は似ていない。
声も、笑い方も。
似ているはずもない。
瑠火のような一本筋の通った姿を体現できる者など、そういない。
それでも思い出してしまった。
生涯ただ一人と決めた、愛するひとの面影を。
「…槇寿郎さん?」
だからこそ目に痛々しい。
愛を紡ぐように笑う彼女の、左顔を覆う程の包帯姿は。
「…身体を、大事にしてくれ」
日に日にゆっくりと瘦せ衰えていった、瑠火の姿と重なる。
ぎこちなく手当てしかできなかった指先が、目元を覆う真っ白な包帯に触れた。
「家族と、言うのなら。蛍さんが傷付くことに心を抉られる者がいる。…ひとりでは、ないのだから」
片方だけ覗く蛍の右目が、丸く見開く。
険しい顔をしながらも太い眉尻を下げる槇寿郎は、自分が痛みを受けたような苦しい顔をしていた。
形は違えど、あの時と同じだと思った。
初めて夜の縁側で、晩酌を共にした日。
自分は最愛のひとへ手向けの酒を飲むことはできないと、瑠火の死を嘆いていた時と。
(ずっと…槇寿郎さんの足は、止まったままなんだ)
その哀しみから逃れられずにいる。
姉の死を抱え続けていたからこそわかる。
今だってそうだ。忘れたことなどない。
それでも前を向けたのは、手を握り共に歩みたいと想えた相手を見つけられたから。
「…槇寿郎さん」
触れてくる手に、手を添えることはできない。
自分は瑠火ではないのだ。
それでも、その場から身を退くことなく蛍はじっと澱んだ金輪の双眸を見つめた。
「私は、死にません」
以前にも告げた。
その言葉を、噛み締めるように紡ぐ。
「初めてなんです。自分と、自分の肉親以上に、大切にしたいと思えた人ができたのは。その人が笑っているだけで、私も嬉しくて。その人が名前を呼んでくれるだけで、生きていても良いのだと思えて。その人の目に映してもらえるだけで…こんなにも幸せなんだと、そう、感じられるんです」
鬼の自分には人として死ぬことが救いだと、そう思っていた。
その思いを覆してくれたのだ。
生きていたいと思った。
共に、歩んでいきたいと思った。
鬼としてでも、という思いから。
いつか、同じ限られた命を燃やし続ける、人として生きていきたいと。