第24章 びゐどろの獣✔
「でも一応、帰ったら手当てをしましょうって千く…千寿郎さんも言ってくれましたし…」
「そうか。なら話は早い」
腕を引いたまま、槇寿郎が辿り着いたのは居間だった。
押し入れを開けると、取り出したのは蛍も見覚えがある救急箱。
「姉上、戻られて──…父上?」
其処へ着替えを終えた千寿郎が、物音を聞いて顔を出す。
槇寿郎の姿を見つけると、大きな瞳をぱちりと瞬かせた。
「千寿郎。蛍さんの火傷の手当てをしてやれ」
「ぁ、はい…」
父の顔と、それから蛍の顔とを見つめる。
差し出された救急箱を受け取りそうになって、千寿郎ははっと手を止めた。
「そ、そうだ…っ洗濯物を取り込まなくては!」
「は?」
「夕餉の仕込みもしなくてはいけませんし、入浴の準備もっ」
「おい」
「だから姉上の手当ては、父上がしてくださいませんか?」
「千くんっ?」
「何を言ってるんだ」
ぽんと小さな手を打つと、ああ忙しいと口にする。
突然の千寿郎の提案に、槇寿郎の眉間に皺が寄る。
慌てたのは蛍だ。
「手当てくらい自分でできますからっ大丈夫です! 道具だけ借りますねっ」
「でも姉上、顔の手当てなんて一人でできますか?」
「鏡を見ればできるよ。大丈夫、問題ないから」
「ですが…」
槇寿郎の手から救急箱を奪い、笑顔で何度も頷く。
そんな蛍に心配そうな目を向ける千寿郎に、更に槇寿郎の眉間の皺が深まる。
「……わかった。やればいいんだろう」
「えっ」
「父上っ」
深い溜息と共に渋々と頷く。
大きな手は、蛍の腕の中にある救急箱へと伸びた。
「蛍さん」
「え、と…ですが…」
「いいから。貸しなさい」
「……はい」
諭すような声で告げられれば、抗えない。
素直に救急箱を渡す蛍に、槇寿郎は居間の座布団へと視線で促した。
「…では、そこに」
「あ、はいっ」
指示する者も、される者も、どことなくぎこちない。
そんな二人をそわそわと見守りつつ、千寿郎は「洗濯物」と呟いて仕方なしに廊下へと足を向けた。
見守っていたいが、それでは手当てを頼んだ意味がない。