第24章 びゐどろの獣✔
「あの…槇寿郎さん。しつこくすみません。ただ、聞いて欲しくて…私の感想なだけですが」
そっと目の前の襖に手を添える。
無機物からは何も感じられない。
「杏寿郎さんと千寿郎さん、凄く楽しそうでした。神輿渡御に参加したのは初めてだそうで。事前予約をしてなかったけれど、村の人達は快く受け入れてくれて…どっせいって掛け声を上げる杏寿郎さんに、皆愉快そうに笑ってくれました」
相変わらず、室内から返事の一つもない。
身動ぐ気配さえ感じない。
「私も見守っていただけですが、なんだか嬉しくて…とっても楽しかったんです。見ているだけで幸せだなって思えるのは、初めてでした」
それでも自然と、昼間の祭り事を思い出せば口元は綻んでいた。
全く知らない赤の他人が、同じことで笑顔になってくれる。
その感情を共有し合えることが、こんなにも嬉しくて。何より笑顔の中心に杏寿郎と千寿郎がいることが、幸せだと思ったのだ。
「だからつい、槇寿郎さんへのお土産を買い忘れてしまったというか…どうで、しょうか。まだ神幸祭は続きますし、槇寿郎さんも、今度は一緒に」
襖に添えていた手で、ぎゅっと拳を握る。
緊張気味に、蛍は再度祭りへと誘った。
「美味しそうなものも沢山ありました。ぜひ槇寿郎さんにも実際に味わって頂けたらなと…」
返事はない。
気配もない。
「一日じゃなくても、いいんです。数時間だけでも」
「──蛍さん」
気配は、真後ろからあった。
「えッ?」
驚き振り返る。
蛍の目に、思い描いていた槇寿郎の姿が映る。
「し、槇寿郎さん…?」
いるとばかり思っていた自室には、いなかった。
気配が感じられないと思っていたのも、元柱故の気を静めた結果ではない。本当にいなかっただけなのだ。
槇寿郎と襖とを交互に見ながら、己の失態を悟った蛍の顔が、たちまち赤くなる。
「ぁ…す、すみません。中にいるとばかり思っていて…話しかけて、いました…っあの、只今帰りましたッ」
「ああ、いや…途中から聞こえていたから、報告は不要だ」
槇寿郎の手には、真新しい酒壺。
それを取りに席を外していたのだろう。
慌てて頭を下げる蛍に、遠慮がちに声をかけてくる。