第24章 びゐどろの獣✔
「…ふ、ふふっ」
「え。」
「姉上、は…ふふっ」
「なんで私笑われてるの? 笑う要素あった? いや可愛いけど」
「いえ。奥方様の言う通りだなぁって」
「静子さん?」
「はい」
思わず千寿郎に小さな笑みが漏れる。
玄関口に立ったまま、蛍は頸を傾げた。
「私は目の前のことしか見ていなかったけど、姉上はもっと先のことを考えてました。現実的に」
「ええと…それは、褒められてるってことで、いいのかな…?」
「はい。…安心しました」
「?」
「姉上は自分の心が広くないって言いますけど、私は違うと思います。手の届く距離を知っているから、無暗に伸ばさないだけで」
「うん…?」
「でもちゃんと行き着く為の足場は作ろうとしているから」
「…千くんって、凄く語彙力高いよね…」
言いたいことはなんとなくわかる。
褒められている気もする。
しかしいまいち詳細を掴み切れず大きく頸を捻る蛍を、千寿郎はじっと見つめていた。
柔く、優しい瞳で。
「まぁいいや。千くんに褒められたことには、変わりないから」
傾げていた頸を正すと、蛍はすぐに緩い笑顔を浮かべた。
なんであれ千寿郎が笑顔でいてくれるなら十分だ。
「それに私、現実は確かに見るけど。千くんが相手なら、そういうもの無視して手を伸ばしちゃいそうだしなぁ」
「え?」
草履を脱いで玄関に上がりながら、振り返った蛍が手を差し出す。
「自分にできることとか、できないこととか関係ないよ。ずっとこの手を握っていたいもん」
鬼殺隊ではない、それでも鬼の恐怖を知っている少年。
自らの体にその爪跡を受けようとも、手を差し伸べてくれたのだ。
知らないことが怖い。だから蛍のことを教えて欲しいのだと。
握ってくれたその手だけは、何があっても離したくはない。
「っ」
最初こそ、ぽけ、と呆けていた千寿郎の顔が、たちまちに赤くなる。
俯いてもたもたと草履を脱ぎながら、膝元で掌の塵を落とすようにぱんぱんと払う。
そして応えるように蛍の手を握り締めた。