第24章 びゐどろの獣✔
「お話したいことは、それだけです。お手間を取らせました」
「いいえ、そんな」
「槇寿郎さんと杏寿郎さんにも、よろしくお伝え下さい。…では、わたくしはこれで」
「あ…っ静子さんっ」
「はい」
「…何故、師範ではなく私を…」
鬼の頸に確実に近いのは、柱としての実力を持つ杏寿郎の方だ。
何故その杏寿郎ではなく、自分を頼ったのか。
皆まで問わずとも静子も理解できたようで、道を戻ろうとした体で振り返ったまま。
「貴女を見ていると、思い出してしまうのですよ」
苦くも、懐かしむように告げた。
「思い出してしまうって、なんだったのかなぁ…」
「奥方様は、答えてくれませんでしたね」
「うん…」
それ以上は何も語らず去っていく静子を、追うことはできなかった。
一体何を思い出してしまうのだろうか。
告げた顔は、決して明るいものではなかった。
頸を捻りながら、千寿郎と共に煉獄家の長屋門を潜る。
夕刻ともあって鬼と出くわす可能性は低いものだったが、それでも無事帰り着いたことに蛍はほっと肩の力を抜いた。
「ん?」
そんな蛍を、じぃーっと見てくるは千寿郎の大きな双眸。
何か、と目で問い返せば、慌ててぱっと逸らされる。
なんとも小動物のようで愛らしいが、なんとなく少年の心は察することができた。
「幻滅した? ごめんね。私、そんなに心広くなくて」
「っそんなこと…」
「もし目の前で千くんと知らない人が危険な目に合ってたら、私は迷わず千くんを助けるよ」
千寿郎の瞳に僅かな迷いが見えたのは、先程静子の前で蛍がはっきりと自分の思いを告げた所為だろう。
杏寿郎と違い、自分には抱えられる範囲が狭い。
だからこそ優先順位もできてしまう。