第24章 びゐどろの獣✔
「面目ないです…」
返す言葉がないと俯く蛍に、静子はやんわりと頸を振った。
「ですが現実的な考えですわ」
「…現実的、ですか…?」
「良し悪しは別として。道筋も見つけることなくただ理想だけを語るより、余程現実的かと思います。そういう御方にこそ、命は預けられるのかもしれませんわね」
(…命を、預ける)
確かに静子はそう告げた。
思わず己の耳を疑ってしまう。
「わたくしに娘がいたなど到底信じられません。ですが身に覚えのない物を度々見つけるのです。小物や、衣類や、茶器までも」
「…噂の神隠しと同じですね…」
「…うん」
その場に誰かが存在した痕跡を残したまま、肝心の人間の存在は誰も憶えていない。
それこそが噂に聞いた神隠しなのだと、蛍と千寿郎は声を合わせて息を呑んだ。
「気味が悪いと思うのに…何故か捨てられないのです」
例えば、華やかで上品な黄色のワンピース。
購入した憶えはないのに、捨てようとすれば誰かの顔が脳裏を過るのだ。
その顔も、朧気でさえもない透明なものなのに。
「貴女の言葉を借りるつもりはありませんが、本当にわたくしの娘だったとしても、鬼が化けたものだったとしても、構いません。わたくしの前に、連れてきて下さいませんか?」
「ぇ…八重美さんを、ですか?」
「ええ。幻なら幻でも良い。不可解なものに目を向ければ向ける程、胸の奥に奇妙な感覚が浮かぶのです。…鬼の血鬼術故なのかも、しれませんが」
そっと己の胸に片手を添えて、静子は凛と声を張った。
「それでもその感覚の意味を、わたくしは知りたいのです」
例え真実でも偽りでも、その答えを知りたい。
そう告げた蛍だからこそ、静子の思いは深く理解できた。
「わかりました。必ず私が、静子さんの下(もと)に答えを持って行きます。どんな形のものでも」
「…ありがとうございます」
満足のいく返事が聞けたのだろう。
頷く蛍に、ふと柔らかな笑みを刹那にだけ浮かべると、静子は頭を下げた。