第24章 びゐどろの獣✔
自分は口達者ではない。
それでも今此処に立っていられるのは、杏寿郎や千寿郎のように耳を貸してくれる者達がいたからだ。
(それだけじゃ、駄目だ)
静子は杏寿郎達とは違う。
耳を傾けてくれるのを待っているだけでは、何も変わらない。
一度口を閉じると、蛍は迷うように目線を揺らした。
「…私は、師範のような人間にはなれない者です。八重美さんのことも、本当に実在するのか、幻なのか。本音を言うと、どちらでもいいと思っています」
「! そう、なんですか…?」
驚いたのは静子ではなく、隣に立っていた千寿郎だった。
それでも繋いだ手は離さないでいてくれる千寿郎に、蛍は眉尻を下げて静かに笑う。
「私は、八重美さんのことをよく知らないから。それよりも私のよく知る、大切にしている人達を見ていたい、助けたいって思う。本当に血鬼術がこの村にかけられているのなら、杏寿郎や千くんや槇寿郎さん達を守る方が、私には大事だから」
「ごめんね」と謝る蛍の声は蚊の鳴くような小さなもので、千寿郎の耳にだけ微かに届く。
「だから私は私の為に、この不可解な現象を解消したいと思っています。他の誰もが知らなくても、私が知っている。それが真実か偽りか、どちらでもいいから答えが出るまで。…もし私の記憶が操作されているのなら、それを解決して八重美さんは幻だったと納得したい。でなきゃこの村の人達を、千くんを残して任務には出られません」
顔を上げて、再び蛍は静子へと目を向けた。
そこには迷いなど一欠片もない。
「鬼殺隊の御方としては、褒められた姿勢ではありませんわね」
「…すみません」
世の為人の為とひたすらに突き進む杏寿郎の姿を間近で見てきたからこそ、何から何まで違う自分の姿が浮き彫りになる。
憧れはあるが、杏寿郎程の視野も懐も持てないことは蛍自身わかっていた。
この鬼の腕で抱えられるものは、決して多くはない。