第24章 びゐどろの獣✔
「わ…!」
「千くんっ!」
どんと後ろから押された千寿郎の体が、目の前の担ぎ手達の波へと突っ込む。
いくら鍛えていようとも、幼い少年の体では逞しい肉塊に押し潰されてしまうだろう。
咄嗟に強く握った手を引いた蛍が、庇うように千寿郎を抱きしめ背を向けた。
丸めた蛍の背が、荒ぶる男達の肉塊にぶち当たる。
──かと思われた。
「むんッ!!」
「おぅわァっ!?」
「うえっ!?」
「ひえっ…!!」
力強く踏み込んだ片足が、蛍の背後に着く。
悲鳴が漏れたのは、覚悟を決めて目を瞑った蛍や千寿郎からではない。
「大丈夫か?」
「ぁ…杏寿郎…」
「えっ…わぁ! 兄上っ!?」
衝突しそうになった神輿の太い担ぎ棒を、片手で易々と押し上げている。
故にバランスの崩れた神輿は大きく横に傾き、担ぎ手達も体制を崩したという訳だ。
転倒までに至らなかったのは、杏寿郎が押し上げながらもしっかりと担ぎ棒を支えていたからだ。
びくともしない足腰で神輿を斜めに固定したまま、伺うように蛍と千寿郎を見下ろしている。
「う…うん。ありがとう、」
「なに、これくらい。だが担ぎ手でない者が近付き過ぎると危険だな。気を付けなければ」
「ぉ…ぉお…誰かと思えば杏ちゃんじゃねぇかい。驚いた…!」
「む。葵屋の主人か! 神輿の担ぎ手をしていたのだな!」
「俺ァ毎年担ぎ手として参加してるが、杏ちゃんを見かけんのは珍しいなァ。それも千ちゃんも一緒じゃあねぇか!」
「うむ。今年は家族揃って観に来ることができた。迫力のある神輿渡御をありがとう!」
「はっはは、杏ちゃんの方が十分迫力あるがなァ。そろそろ手を放してくれねぇかい」
「! これはすまない!」
頭に鉢巻を巻いて粋の良い喋りで笑う男は、蛍にも見覚えがあった。
瑠火の墓参りで駒澤村を出歩いた際に、杏寿郎と挨拶を交わしていた村人の一人だ。