第24章 びゐどろの獣✔
「俺の妻と弟は何故こうも愛らしいのかと…目に入れても痛くないとはこのことだな…その前に既に盲目になってしまいそうだが」
「つ…ま」
感嘆の溜息をつく杏寿郎の姿も珍しいものだが、不意打ちで告げられた立場に蛍の顔が赤くなる。
「き…杏寿郎って、時々、暴走するよね…千くんのことで」
「私は、姉上も含めているからだと思いますよ」
赤い顔を隠すように深く竹笠を被り直す蛍の隣で、千寿郎だけが朗らかに笑っていた。
兄弟二人だけの時は、兄はこんなにも複雑で色とりどりの表情を見せはしなかった。
常に明るく前向きで、頼り甲斐のある強い顔ばかりだった。
それが彩千代蛍という人物を交えると、途端に繊細さが増すのだ。
悩ましげに眉を顰めて愛で讃える、今もまた。
「神幸祭を楽しみに来たというのに、見てしまうのは我が家族ばかりだ…よもやよもや」
「わ、わかったわかった、もうわかったからそれ以上真面目な顔で言ってこないで恥ずか死ぬッ」
普段快活な声を静めて真面目に語る杏寿郎と、それを遮るような勢いで告げる蛍は、立場が逆転したかのようだ。
そんな空気を突如変えたのは、それこそがらりと変わった周りの空気そのものだった。
更にぐんと増す人口密度に、熱気が追加する。
何事かと周りに目を向ければ、下の服は様々なれど、一様に白い半纏(はんてん)を着こなしている者達が大勢いた。
シャンシャンと何処からともなく鈴の音のようなものが鳴り響く。
右からも左からも。
音の出所は何処かと、沢山の人の頭の上を見渡せば、黄金色に輝く城のような建物が揺れている。
否、豪華絢爛(ごうかけんらん)な神輿だった。
「あれ…なんで御神輿がまた…」
「あれが神輿渡御で扱われる神輿だ」
「えっさっきのが神輿渡御じゃないの?」
「あれは担ぎ手達の運ぶものではなかっただろう?」
「確かに、運ぶというより引いていただけだけど…じゃあこの人達が…」
「うむ。あの神輿達を運ぶ、担ぎ手達だ」
「神輿…たち?」
鈴の音が幾重にも重なり響いていた理由がわかった。
豪華絢爛な神輿は、ひとつだけではなかったのだ。
ふたつ、みっつ、よっつもの神輿が、賑わう人々の間に立ち聳(そび)えている。