第24章 びゐどろの獣✔
他愛のない煉獄家の一日の中で、何かと長く共にいる相手は千寿郎と言っても過言ではない。
蛍にとってはそんな千寿郎の日々の負担を少しでも軽くしようとした為だったが、千寿郎には別のものを与えていたようだ。
目の前の鮮やかな行進のように。
代り映えのない少年の毎日を、彩らせる程には。
「姉上…人、が…見てます…」
「大丈夫。皆、神様しか見てないから」
「…神様に…見られて、ます」
「じゃあ折角だし、お願いしておこうかな。千くんのお祈りを聞いてくれますようにって」
「それって…」
「うん。そんな可愛いこと言われたら、否定できなくなっちゃった」
ゆっくりと顔を離して、目線の位置を少しだけ下げる。
本来なら竹笠が邪魔になるところ、自分より身長の低い千寿郎の顔はよく見えた。
「でも姉としては、もう少し頼ってくれると嬉しいかな。せめてお昼ご飯だけ、とか。千くんに私の作った料理、美味しいって思ってもらいたい」
「…姉上の方こそ、可愛らしいことを仰ってますよ」
愛らしく笑う千寿郎の口から、まさか「可愛い」などという単語が出てこようとは。
不意打ちを喰らったように目を丸くする蛍に、少年もおずおずと目の前の背に両手で触れた。
「なら、明日のお昼は任せてもいいですか?」
「本当っ? うん、任せて。何作ろうかなぁ」
やんわりと笑う千寿郎に、顔を綻ばせる蛍。
二人だけを包む和やかな空気は、背後に立つ杏寿郎にも届いていた。
「杏寿郎は何食べた…い……杏寿郎?」
「…ぃゃ……うむ…」
「兄上、どうされたんですか」
「…なんでもない…」
二人が顔を向けた先。
いつもなら自分も混ぜてくれと声高々に割り込んでくるものが、今回は違っていた。
顔を片手で覆い背け、ぷるぷると肩を震わせている。
笑い堪えているのかと思わず凝視してしまう。
「いやなんでもなくないそれ」
「いい。俺のことは無視してくれ」
「な、なんでですか。折角三人で神幸祭に来たのに」
「今この感情に浸っていたいだけだ」
「この感情って──」
「尊いものだと思ってな」
((尊い。))
杏寿郎の口からあまり聞かないような台詞に、思わず二人の口が閉じる。