第24章 びゐどろの獣✔
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「うわあ…人がいっぱい」
「うむ! 蛍も千寿郎も逸れないようにな!」
「はいっ」
思わず被った竹笠の端を、指先で押し上げる。
開けた視界を前にして、蛍はただただ目を丸くした。
煉獄家を出て閑静な家並みを通り過ぎ、やって来たのは大通り。
瑠火の墓参りの際にも通った道だ。
しかし数日前と比べ人の密度は段違い。
右を見ても左を見ても、前も後ろも人だらけ。
京都の伏見稲荷大社のような静々と観光を楽しむような雰囲気ではなく、誰もが顔や声を弾ませ、浮足立っている。
杏寿郎の言う通り、油断すれば賑やかな波に飲まれてしまいそうだ。
「じゃァな」
「待て不死川! 何処へ行く?」
「俺は祭りを楽しみに来たんじゃねェよ。お前の言う腕の立つ鬼が本当にいるのかどうか、外堀から捜す。お前は精々餌役として楽しんでろォ」
「それでは折角誘った意味がないだろう。神輿渡御くらいは観ていかないか?」
「神輿なら遠目でも映えるだろォが」
だから遠慮すると言いたげに、ひらりと片手を振って背を向ける。
実弥のその背を引き止めたかったのは、杏寿郎だけではない。
(お祭り騒ぎに乗じて頼めるかなと思ったのに…)
蛍もまた言いたくて言えない言葉を呑み込んだ。
実弥が煉獄家に泊まった初日は、杏寿郎と遅くまで何やら語り合っていた。
恐らく柱間での情報交換をしていたのだろう。
性格は似ても似つかないが、杏寿郎の声を実弥も煩わしいとは思っていない。
馬が合うところでは合う。
故に煉獄家の中ではどうしたって二人の距離は近く、尚且つ勘の良い杏寿郎に気付かれずに童磨のリボンの話を持ち掛けることはできなかった。
だからと言って、夜中にこっそり実弥の処へ赴くなど余計にできない。
花街を後にしてから、自然と寝床は杏寿郎と共にするようになった。
いくら気配を殺しても、花街の時のように気付かれてしまうだろう。
そもそも夜中に別の男の部屋に向かうなど、疚(やま)しさはなくとも後ろめたい。
だからこそ祭りに乗じて、実弥と二人だけで話せる時間を作れたらと思っていた。
(コソコソするから逆に駄目だったのかな…)
二人で話がしたいのだと、素直に言えばよかったのかもしれない。