第24章 びゐどろの獣✔
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「準備はいい? 千くん」
「はいっ」
煌々(らんらん)とした表情で頷く千寿郎に、つられて蛍も頬が緩む。
本日は待ちに待った神幸祭(しんこうさい)初日。
天候にも恵まれ、天高く秋空が澄み切っている。
「兄上達も待ってますし早く行きましょうっ」
「あ、先に行ってて。手袋、部屋に置いてきたから。取ってくるね」
「わかりました」
ぴょこぴょこと小さな後頭部の髪房を揺らして、駆けていく千寿郎。
弾むその背中を笑顔で見送ると、蛍は不意に表情を消した。
どことなく神妙な面持ちでそろりと足を向けたのは、とある部屋。
「──槇寿郎さん」
この屋敷の主の部屋だ。
中には踏み込まずに襖越しに声をかける。
出掛ける前に必ず杏寿郎が報告して行く為、神幸祭であることは知っているだろう。
それでも一度、声をかけておきたかった。
「杏寿郎さんと千寿郎さんと、神幸祭に行って参ります。風柱の不死川様も、この機会にとご一緒して下さいました。夕方には戻ると思いますので……もし気が向いたら、槇寿郎さんも足を運んで下さい」
襖の向こうからは返事の一つも返ってこない。
「何か、美味しそうなお酒とか…良いお土産も、見つけてきますね」
ただ人の気配は確かにある。
「…では、いってきます」
それでも一人、襖に向けて喋り続けているのも侘(わび)しいものがある。
襖の前で一礼すると、ゆっくりと背を向ける。
槇寿郎が後から追ってくることなど考え難いが、何もしないよりはと足を向けた次第だった。
(杏寿郎も、こんな気持ちだったのかなぁ…)
後を追う気配は一つもない。
今一度振り返ってみるが、物音一つ立たずしんと静まり返ったままだ。
否定されなかっただけ進歩だと杏寿郎は言っていたが、これではまるで本当に自分の声は届いていないかのようで。
「…寂しい、な…」
物悲しさを残すような固く閉ざされた襖から、蛍は視線を逸らした。