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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



 普段は見ない頭部をじっと見下ろして、やがて実弥は白けたように視線を流した。


「別に、気にしちゃいねェよ。俺は俺の見たもんを信じただけだし、お前はお前の見た奴を信じたかっただけだろォ」


 よく知りもしない一般隊士相手に、継子になれと構い倒すことができる男だ。
 そんな杏寿郎が、名前違いだけで柚霧を蔑ろにするはずがない。

 杏寿郎には杏寿郎の信じたいものが、心を向けたいものがあっただけだ。
 そこには正解も間違いもない。


「お前が俺に手紙を寄越したのは、柚霧(それ)が理由かァ」

「…うむ。あの文を書いた時は、そうだった」


 いつもは達筆な杏寿郎が、走り書きする程心を逸らせていた理由が、ようやくわかった。
 しかし顔を上げた杏寿郎は、実弥の予想より随分とすっきりとした表情をしている。


「あの時は、上手く蛍と言葉を交わせなくてな…蛍の過去も未来も欲しがる癖に、肝心の心に寄り添えなくて俺も焦っていたんだろう。禁じ手だろうが、柚霧のことを知っている不死川から何か訊ければと思ったんだ」

「…今は」

「何もない。俺自身の言葉で、柚霧と心を交わした。想いを交えた。柚霧から、もう目を逸らすことはしない」


 口元に深く笑みを刻み告げる杏寿郎に、今度は実弥が口を噤む番だった。

 知らない男の顔だった。
 笑顔はよく見せてきていたが、何処を見ているのかよくわからない目線で笑うことが多かったように思う。

 それが、こんなにも愛情深く笑う男だったのか。


「だからすまない。本当に、不死川には余計な空振りをさせてしまった」


 凛々しい眉が、へにょりと下がる。
 申し訳なさそうに笑いかける様は柱の威厳などなく、毒気を抜かれたように実弥は全身の力を抜いた。


「本当だなァ。一度の湯浴みくらいじゃ割に合わねェわ」


 深く湯船に浸かれば、ざぶりと湯が溢れ出す。
 浴槽の縁に後頭部を預けて休養するかのような姿勢を取る実弥に、ぱぁっと隣の顔が輝いた。


「では美味い食事と温かい寝床も差し出さねばな! ぜひ泊まっていってくれ!」


 風呂場の湯気が逃げ出す、小窓の外。
 陽が落ちる間際の闇が手を広げていく空を見上げて、実弥は渋々と呟いた。


「仕方ねェなァ」

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