第24章 びゐどろの獣✔
「だが裸のつき合いがしたかったのは本音だぞ。こういう場なら、普段しない話もできるかもしれないと思ってな」
湿気により垂れてくる前髪を、塗れた掌で押し上げる。はっきりと見える杏寿郎の顔は、見慣れた快活な笑顔を浮かべてはいなかった。
「柚霧のことかァ」
浴槽の縁に肘をつき、問いかけた実弥に杏寿郎の口が閉じる。
はきはきと状況に応じて応じる声が、その名を耳にした時は止まるのだ。
それを実弥も知っていた。
「……よく、わかったな…」
「普段しない話つったら、消去法で出てくんだろォ。お前、あいつの名前だけは呼ぼうともしねェじゃねェか」
「…よく…わかった…な…」
「オイ。聞いてんのか」
まじまじと実弥を見る目が、更に驚愕で丸くなる。
蛍のことではない、柚霧のことだと勘付いた実弥に、杏寿郎は驚きを隠せなかった。
「いや…本当に驚いたんだ。何故、蛍ではなく柚霧とわかったんだ?」
「お前が知らなくて俺が知っていることと言えば、大方わかるわ」
更に柚霧の名を出せば、きっぱりと拒絶していた杏寿郎のこと。何も知る必要はないと、自ら遠ざけていたのだから。
「なんだァ今更。何をどうして柚霧に興味を持った」
「…意識は、前々からしていた。自分でも嫌になるくらいに。ただ、今の蛍を見ることばかり重要視して、蔑ろにしていたんだ。…情けない」
「何が情けねェんだよ。目の前にいんのは、お前の前で生きてんのは、その蛍だろォが。そいつを見なくて誰を見るってんだァ」
「だとしても、一歩履き違えれば切り捨てていたかもしれない。それ程に柚霧の姿から目を逸らし続けていた。……だから、真っ直ぐに柚霧の姿を見て柚霧の名を呼べる君に、正直気分はよくなくてな…我ながら随分と幼稚な態度だったと思う。すまない」
頬杖をついて見てくる実弥に、頭を下げる。
再びしな垂れ落ちる前髪に、杏寿郎の表情はよく見えなかった。