第24章 びゐどろの獣✔
「そんなに言う程、残ってないよ」
「ほう」
「普通に歩けるし。ほら、太陽の下だって」
「ふむ」
「竹笠と傘があれば十分」
「成程」
「だか…ら………なんでわかるかな」
大丈夫だと身振り手振りに伝える蛍を、じーっと見つめる杏寿郎には一寸のブレもない。
それはもう、米粒一粒程にもない。
その何をも見透かすような曇りなき眼で見つめられれば、それ以上の空元気は出せなかった。
「君のことだから、わかるんだ」
落ち着いた声が、静かに和らぐ。
力なく肩を落とす蛍に、そっと寄り添うように。頬に触れていた手を肩へと滑り下ろすと、くるりと背を向けた。
「ほら」
「え?」
「今もまだしんどそうだ。帰り道は俺が背負おう」
「えっい、いいよ。本当に、歩くくらいならできるし」
「いいから」
「でも」
「俺がそうしたいんだ」
(あれ。なんか、こんなこと前にもあったような)
ひらひらと顔の前で振っていた手を止めて、はたと蛍は思い出した。
初めて桜餅を食して中てられた日も、こうして帰り道に背負ってくれた彼がいた。
「そうか義勇さん」
「冨岡?」
「え?」
「む?」
感情の起伏なく淡々と、蛍を背負い藤の牢まで送ってくれた。
感情は無に等しいものだったが、それが彼なりの優しさだと少しずつ理解していた頃のことだった。
そんな義勇の姿を思い出してぽんと手を打つ蛍に、杏寿郎の目が止まる。
頸を傾げる蛍に、また杏寿郎も頸を傾げて凡そ二秒。
「冨岡にできて俺にできないことはないだろうさあ乗りなさい」
(うわ。)
状況の理解と判断が速いのは、何も任務中のことだけではない。
即座に凡そのことを理解した杏寿郎が、息継ぎすることもなく早口に言い切る。
先程の優しい笑顔が一変した、にっこりと圧ある笑顔で。
思わず一瞬たじろいだが、そんな杏寿郎の姿に気付けばくすりと笑っていた。
「何故笑うんだ」
「や。なんか、可愛いなって」
「かわいい」
「うん。可愛い」
多少の罪悪感はあるが。日頃余り見ない姿だからこそ、些細な変化を見つけられたことに嬉しくなってしまう。
自分の前では、それだけ心を許してくれているのだと。