第24章 びゐどろの獣✔
淡く、柔く。ささやかな感情を添えた彼女は、どんな顔をしていたのか。
「…っ」
霞んだまま何も思い出せない。
ただ胸の奥底に蟠りのような思いがこみ上げた。
焦燥のような、苛立ちのような。
よくはない感情だ。
「……ぃ…」
「…静子さん…?」
「帰って、下さい」
額に当てていた手を離す。
滲む汗を拭うことなく、静子は鋭い視線を膝元へと落とした。
「わたくしが話せることは、既に杏寿郎さんに先日お話しました。これ以上は何もありません」
「しず」
「お帰り下さい」
「…わかりました。貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
煮え切らない表情をしていたのは蛍だけだった。
目線で蛍に口を噤ませて、杏寿郎が深く一礼する。
そんな空気を流されてしまえば、もう何も言えない。
「……」
「暗い顔だな!」
「…静子さん」
「がどうした!?」
「怒らせて、しまった…」
伊武家を後にした蛍は、ただひたすらにどんよりと重い空気を背負っていた。
竹笠の下で後悔するように呟く蛍に、杏寿郎のぴんと跳ね上がっていた眉が下がる。
「静子殿の本来の姿ならそれなりに知っている。あれは本気で怒っていた訳じゃない。寧ろ動揺の方が大きかっただろうな」
「…八重美さんのこと、何か思い出したりしたのかな…」
「それはわからないが。静子殿も誠意を込めて今の仕事に就いてくれている。鬼殺隊(われら)に易々と嘘はつかないだろう」
「じゃあ、やっぱり憶えてない…? でも…うぅん…」
「だが見えたのだろう? 八重美さんという女性の色が」
「うん…杏寿郎は信じてくれるの?」
「蛍がそう言うのなら」
下げた眉をそのままに、太い指が竹笠に隠れる頬へと優しく触れる。
「ここまでして静子殿と向き合おうとしたんだ。半端な嘘などつかないだろう?」
「?」
「顔はまだ青白いし、声量も覇気がない。動きだって覚束ないところが見える。先程の抹茶の名残りだな」