第24章 びゐどろの獣✔
「口では冷たい物言いをするが、俺達のことを無視している訳ではないとあの時はっきりわかった。ちゃんと見て下さっている。俺のことも、千寿郎のことも」
噛み締めるように告げる杏寿郎の目が、蛍に止まる。
「それはきっと蛍が導いてくれたものだと思う」
「え?…そうかな…私も一緒に虫干しを放棄しちゃった組だけど」
「言っただろう? 蛍相手だと、父上は耳を傾けてくれる。目を見て、口を開けてくれる。結果がどうであれ、最初の一歩を踏み出させたのは、きっと蛍の力だ」
「そんな大袈裟な…」
「大袈裟なものか。二十余年、父上を見てきた俺が言うんだ。違うとは言わせないぞ」
それは優しい否定だった。
蛍では手の届かない、陽の当たる道に立つ杏寿郎の明るい髪も眼も、光に反射するように輝いている。
まるで杏寿郎自身の心を映し出すような光に、蛍は目を細めた。
眩い光だ。
希望とも言えるような。
「そっか…そうだね。私も、そうだと嬉しい」
光の中に立つ杏寿郎に手は伸ばせない。
しかし傘を差して傍に寄せられた手には、触れられる。
そっと寄り添うように指先を添えて、蛍もふやりと笑った。
「じゃあ次は槇寿郎さんの二歩目を、引き出さないとね」
「うむ! 俺としては、共に食事を取ってくれるようになれば嬉しいのだが」
「わ、中々敷居高くない? あの槇寿郎さんが部屋から出て食事をしてくれるかなぁ」
「出て来なければ、俺達が部屋に赴くという手も」
「うん、それは多分というか絶対追い返されそうだからやめよう」
「む。では裸の付き合いとして父上の湯浴み時に浴場へと赴くのは」
「それも絶対追い出されそうだからやめよう」
「むぅ」
「杏寿郎、そういうところせっかちだよね。槇寿郎さんは多分違うから、もう少しゆっくり、ね。ゆっくり」
「ゆっくりか…大分ゆっくりしてきたんだがな!」
「あ。それは耳が痛い」
地を踏む足取りも、テンポよく交わされる言葉も、内容に関せず明るい。
光と影。
二人が立つ足場は対照的なものだったが、自然と繋いだ指先は離れることがなかった。