第24章 びゐどろの獣✔
「…ならば、父上も」
「うん。似たところは、あるかもしれないね。槇寿郎さんは、今をいっぱいいっぱいに生きているから。それが良いことだとは言わないけれど、必要なことなのかもしれない。槇寿郎さんに今必要なのは、温もりよりも時間なのかもしれない。…そんな槇寿郎さんを、私の価値観で曲げることなんてできないと思ったから」
「……」
「…でもね。杏寿郎は家族だから。気遣いも建前も必要のない、本当の家族だから。だから、槇寿郎さんも杏寿郎に甘えているところはあると思うよ」
「甘えて、いる…?」
「そうじゃなきゃ、あんなに遠慮のない言葉も拳もぶつけられないよ。杏寿郎が殴られるのは嫌だけど…杏寿郎相手だから見せられる槇寿郎さんの顔だと思う。それは私には、引き出せないものだから」
とん、とん、と。
鼓動のリズムに合わせて、掌に思いを乗せる。
「大丈夫。杏寿郎には、杏寿郎にしかできないことが絶対にある。槇寿郎さんに、杏寿郎だけが届けられるものがあるから」
何度も背を擦る小さな掌から伝わる体温が、じんわりと身体の内側に沁み込んでいくようだ。
「杏寿郎は杏寿郎のままで、大丈夫だよ」
理由など深くはないのだ。
ただ蛍が、大丈夫だと囁くだけで。
胸の奥に住み着いていたささくれが、消えていく。
「……」
「…杏…?」
きゅ、と腰に回る太い腕。
蛍の腹部に顔を埋めて抱き締めたまま。
「──……うん、」
くぐもるか細い声は、それでも確かに蛍の耳に届いた。