第24章 びゐどろの獣✔
自然と瞼を閉じてしまう。
何も見えない暗闇の中で、視界以外の感覚でより伝わってくるのは蛍だけだ。
体温と、声色と、匂いと。
頭を幾度もあやすように撫でられる。
空から降り落ちてくる雨音のような声。
目には見えない何かに、覆い包まれているような。
そんな心地だった。
(ここは…"大丈夫"、だ)
いつかに置いてきたその感覚は、昔の心を燻り出す。
「…蛍は、すごいな」
「んん? 何が?」
「俺自身も欲しいと気付いていないものを、いつもくれるだろう」
「そう、かなぁ…私がしたいことをしてるだけだけど…」
「意図せず、か」
言い換えれば、裏がない。
「だから父上も、耳を貸すのだろうな」
昔のような関係に戻りたい。
いつかのように元気になって欲しい。
また自分と千寿郎を見てくれたならば。
そんな思いを根底に抱えて向き合おうとしている、自分とは違う。
だから父も、蛍に目を、耳を、言葉を向けるのではないのだろうかと。
気付けば静かに、杏寿郎は思いを吐露していた。
「蛍は今の父上だけを見て、向き合っている。…俺には到底できそうもない」
普段の彼からは想像できない、低く沈みゆくような声。
自分だけに向けられた顔をそっと伺うように見つめていた蛍は、ふと柔らかな吐息を零した。
「それはそうだよ。だって私は、今の槇寿郎さんしか知らないもの。杏寿郎は、私の知らない昔の槇寿郎さんを知っている。見えてるものは、最初から違うでしょ?」
「それは…そうだが」
「…杏寿郎だって言ってくれたでしょう? 前に、鬼である私のことしか知らないって」
沈む杏寿郎の声とは反対に、蛍の声はたおやかで。
「そんな今の私を見て、好いてくれたって。…あれ、言葉にならないくらい嬉しかったの」