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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



「何あれ…可愛い…」

「…寂しい思いをさせてしまったのだろうか…」

「え、違うよ。兄上が大好きってことだよ、あれは」


 沢山の着物が虫干しされた部屋を、二人して覗き込む。
 視線の先には体を小さく丸めて、日なたの中で気持ちよさそうに眠る千寿郎の姿があった。

 仔犬のように丸めた体には、同じく干されていたはずの炎柱の羽織が被せられている。
 すっぽりと羽織に収まる少年は、なんとも幸せそうな寝顔を浮かべていた。


「太陽光があるから近付けない…うう、なんか日光遮られるものないかな?」

「そこまですることか?」

「だって近くで見たいじゃない。千くんの愛らしい寝顔」

「本当に君は千寿郎が好きだな…」

「うん、大好き。私の義弟は世界一可愛いと思います」

「そこは大いに賛同しよう」


 顔を見合わせて、しかと握手を交わす。
 兄と姉としては一部の隙もなく意気投合しながら、蛍は出番の消えた盆を畳の上に置いた。


「あんな顔で寝ているところをわざわざ起こすのも悪い気がするし…お茶はまた今度にしよっか」

「そうだな。朝から蛍も千寿郎も働き詰めだったろう。一休憩といこうか」

「杏寿郎もね」


 千寿郎を起こさないようにと小さな声で語り合いながら、部屋の隅に腰を下ろす。
 茶請けの蓋は開かずのまま。蛍はすぅと深く息を吸い込んだ。


「お日様は感じられないけど、今の千くんの気持ちよさ、少しはわかるかなぁ」

「ほう。というと?」

「太陽の匂い。日差しの色。香るもの、見えるもの。まだ私にも残されているものはあるから」


 陽に温められた畳や着物が含んだ香り。
 間接的に目に届く柔らかな光。
 それらはこの身を焼き尽くすことなく、世界を照らすものを伝えてくれる。


「それに、私のいちばんのおひさまは此処にいるから。ね」


 そう笑う顔は、杏寿郎自身に向けられていた。


「…ならば嗅ぐか?」

「えっ」


 蛍にとっての陽だまり。
 そんな穏やかな表情で笑う杏寿郎が、徐に両腕を広げてくる。


「毎朝、寝起きと共に俺の匂いを嗅ぐだろう? 陽だまりのようだと言って」

「そう、だけど…実際に言葉にされると、なんかすごく…変人行為みたい…」

「俺は好きだが」

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