第24章 びゐどろの獣✔
一点の曇りもなく自分だけを見てくれている。
その想いを疑う必要などなかった。
「…杏寿郎がそう言うなら、信じる」
矛盾は生じても、今目の前にある心を疑う余地はない。
額を重ねたままふやりと笑う蛍の反応に、杏寿郎もほっと表情筋を緩ませた。
「ありがとう」
「お礼なんて要らないよ。…あ、でもそれなら凄く豪華な髪飾りでも贈ってもらおうかな?」
「いいぞ。蛍が喜ぶなら、どんなものでも贈ろう」
「ふふ…っ冗談だよ。いいよ、要らない」
笑って頸を横に振る蛍は、すっきりとした表情をしていた。
「形以上のものを、いっぱい贈って貰っているから。杏寿郎の心があれば、それで十分」
握り締めた手はそのままに。爪先立ちをして背伸びをすると、顎を上げてほんの少しだけ開いていた互いの距離を縮めた。
ちぅ、と音を立てて愛らしい口付けを一つ。
「こうして触れられるのは、私だけだから」
照れをほんのり混じらせた、緩みきった笑顔。
唐突な口付けに、ぽけ、と目を丸くした杏寿郎は、適わないとばかりに眉尻を下げた。
「本当に、君は欲がないな…少しくらいあってくれた方が、贈り物の理由ができるというのに」
「そう? じゃあ炎柱屋敷の台所に、大きめのお鍋が一つ欲しいかなぁ。杏寿郎、沢山食べるから。今あるお鍋だけじゃ回らないことあるし」
「それは結局のところ俺の為だろう。ではなく、蛍が喜ぶものが贈りたいんだ」
「嬉しいよ。杏寿郎が私の作った料理を、うまいうまいって食べてくれればとっても」
握った両手を胸の前に導いて。
それが堪らなく幸せなのだと、蛍は言った。
「杏寿郎が嬉しいと、私も嬉しいの」
愛おしい相手だからこそ。
喜ばせたい。
笑っていて欲しい。
幸せを感じてくれれば。
それだけで心は満たされるのだ。
「…ならば特大の鍋を新調しよう」
「本当っ? やった、何作ろうかなぁ。千くんに瑠火さんのお味噌汁の味教わったし、それがいいかな…あ、松風さんのお店の炊き合わせも美味しそンむっ」
告げれば、目を輝かせて何を作ろうかと声を弾ませる。
そんな蛍を杏寿郎は、条件反射のように抱きしめていた。