第24章 びゐどろの獣✔
「蛍さん。こいつは無駄に口も頭も回る。正論に思えることもあるかもしれないが、己の感情を抑え込まなくていい。嫌なことは嫌だと言え」
「そ、そんなことは…っ私、は、知恵もないし、口達者でもないので…杏寿郎さんに頼りきりなところもあって…」
「俺は蛍さんとだから酒を酌み交わした。気前の良い会話や空気を望んだからじゃない。…前を向くばかりが正しさではないと、教えてくれたのは蛍さんだ」
「槇寿郎さん…」
己を曲げ倒してでしか生きていけない姿を、互いに知っている。
ぼそりと最後に告げられた声は蛍にだけ拾えるような小さなものだった。
その小さな本音に、目頭が熱くなるようだ。
「それと──…」
続けた言葉は形にならず、槇寿郎は語尾を濁した。
その手は懐の炎柱ノ書を握り、杏寿郎とはまた違う強い双眸で蛍に訴えかけてくる。
(あ…これ、口止めされてる?)
深く杏寿郎と関わってきた身。
その何をも見通すような双眸が、時に言葉以上に思いを語ることを蛍は知っていた。
ぎん、と半ば睨むように無言で訴えてくる槇寿郎の圧に、蛍は反射的に口を閉じた。
目は口もよりも時に語るのは、槇寿郎も杏寿郎と同じだ。
行動と同様に、何も触れてくれるなと言っているのだろう。
炎柱ノ書について何も語るなと。
(…あの書を破いたのって、もしかして──)
その真相を確かめる前に、槇寿郎は背を向け踵を返した。
「もし鬼の仕業なら、お前の仕事だろう。被害が出る前に頸を打ち取ってこい」
「っはい!」
捨て台詞のように残して去る槇寿郎に、しかし杏寿郎の顔は明るかった。
殴られひりひりと感じる脳天の痛みさえも、幸福であるというかのように。
「父上が、叱って下さった」
「…凄い、嬉しそうだね?」
「久しぶりだったんだ。己の為でなく、他者の為に筋の通った思いをぶつけてくれたのは」
遠のく背を見送る表情は嬉しそうに。
しかし蛍へと向き直ると、杏寿郎は太い眉を下げて声を静めた。