第24章 びゐどろの獣✔
「無論、俺もそうだ。あの日のことは忘れていない。だが血鬼術というものは人智を超えた、人には想像もつかないものだ。術者本人にさえも理解が及ばないこともある。蛍も知っているだろう」
「それ、は…」
「だからあらゆる可能性を考えていかなければならない。言葉では説明がつかないからこそ、どのような場合でも対処できるように"ッ」
ゴッ!
「し、槇寿郎さん!?」
冷静に、的確に、対処法を探し出す杏寿郎は柱の顔をしていた。
真っ当で返す言葉もない蛍の前で、淡々と告げる杏寿郎を止めたのは物理的なものだった。
「お前は一体何を見ている」
「ッ…ちち、うえ…」
蛍では手の届かない杏寿郎の脳天に、槇寿郎が真上から拳を打ち付けたのだ。
相手が実父であるからこそ構えてなどいなかった。
目の前で火花が散る程の衝撃に、杏寿郎も頭を抱えて声を弱める。
「何を見ていると訊いているんだ」
「それは…可能性があるならば、絵空事のようなものでも、視野に入れておかなければ…」
「お前が今一番見るべきものはなんだ。それを見ずして何が対処だ」
大きな手が、むんずと杏寿郎の襟首を掴む。
ぐいと強い力で傾けたのは、はらはらと一人見守る蛍に向けてだった。
「お前が生涯守り抜きたいと思った女性じゃないのか。その人にこんな顔をさせるのが、お前の言う"対処法"か。大した浅知恵だな」
「す、すみません。情けない顔をしてしまって」
「何故蛍さんが謝る必要がある。俺が呆れているのは、杏寿郎の言動だ」
「ですが、杏寿郎さんの言うことも尤もです。私が無自覚に操作されているだけかもしれないし…」
「だからなんだ」
「え?」
「そうだとして、己の言動で守るべきひとを害する必要がどこにある。仮に蛍さんが血鬼術にかかっていたとしても、その心を踏み付けて術を解することが救いなのか。それがお前の目指す柱なら、そんなもの今すぐ辞めてしまえ!」
投げ捨てるように襟首を放す。
吐き捨てられる言葉に目を見開いた杏寿郎は、驚きのまま父の姿を追った。