第24章 びゐどろの獣✔
鬼の術は、鬼相手にも効く。
それは蛍自身も経験済みだ。
だとしても疑いもなく自分の記憶を辿っていたから、驚いた。
伊武八重美を記憶している、この頭の中こそが偽りではないかとは思いもしなかったのだ。
「幻術を用いるような血鬼術は、時間経過や日光等の環境で解かれる場合もあるといいます。勿論、確実なものは術者である鬼を倒すことですが。前者が解除条件なら、一人や二人、村人から記憶を取り戻す者が現れてもいいのにその気配はない。ならば後者となれば、余程の手練れの鬼となる。でなければ俺や父上にまで術をかけるなど不可能です」
だが少なくとも、蛍が出会った童磨の血鬼術は幻術とは違う。
となれば別の十二鬼月なのか。
ぐるぐると頭の中を回す蛍に、再び杏寿郎の視線が向けられた。
「蛍が異変に気付いたのは、帰りの列車内だったな。あの街で弐以外の鬼に出会った気配はなかったか?」
「ううん…童磨だけで」
「そうか…ならば駒澤村を出る前に、何処かで接触していたのかもしれないな…」
「ま、待って杏寿郎」
「うん?」
「私だけが憶えているのも可笑しな話だけど、嘘じゃないよ。…だって」
あの時の感情は、他人の手で作られたものには思えない。
人間であっても、八重美のように杏寿郎と対等の立場でいられないことに心は揺らぎ、倒れそうになる間際に救ってくれたのは千寿郎だった。
蛍よりも小さな手で導き、共に歩もうとしてくれた。
そんな千寿郎に先を越されたと苦笑する杏寿郎もまた、はっきりと目を見て告げてくれたのだ。
己の伴侶と求めるのは、愛すべきひとは、蛍だけだと。
それがどんなに泣きたくなる程、胸を熱くさせたか。
これ以上何かを得てしまえば、罰が当たるのではないかと思えてしまう程。
二人から貰った家族という絆を噛み締め、抱いた感情だ。
「だって、あの時の感情を、ちゃんと憶えてる。絶対に忘れたりしない」
もしや杏寿郎は忘れてしまったのか。縋るように目で訴え、無意識に杏寿郎の袖を握る蛍に、返されたのは冷静沈着な視線だった。