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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



「ならば知らないな」

「本当に? 名前を一度でも聞いたことはありませんか?」

「いいや。一度も聞いたことのない名だ。伊武静子さんという女性には心当たりがあるが、娘がいるとは初耳だ」

「……本当、に?」

「? ああ…」


 見る間に顔が曇っていく。同じく声のトーンを落としていく蛍に、槇寿郎は何かまずいことでも言ったのかと声を詰まらせた。


「…父上もですか」


 そこへ静かに口を挟んだのは、見守っていた杏寿郎だった。
 どういう意味だと目で問う槇寿郎に、掻い摘んで経緯を話す。


「蛍にしか身に覚えのない女性がいるのです。伊武八重美さんという、伊武家の御息女らしく」

「…お前は知っているのか」

「いいえ。俺も千寿郎も、身に覚えがありません。しかし確かに俺達も含めて話をしたと、蛍の記憶には残っているそうで」

「本当、なんです。嘘じゃありません。瑠火さんのお墓参りに選んだ花の種類も、憶えています。千く…千寿郎さんが、私に選んでくれたお花も…その日寄った洋食店で知ったプリンの匂いだって…」

「俺もその記憶はある。確かに蛍を母上に会わせようと、墓参りに誘った。父上にもお声掛けした、あの日のことです」

「……」


 訝しげに更に眉を顰める槇寿郎の目には、見るからに落ち込む蛍の姿が映っていた。

 たった数日前のこと。
 その時の記憶は槇寿郎の中にもあった。
 墓参りに出かける息子達と連れ添いながら、ぎこちなくブーツと小さな日傘で歩む蛍。
 その姿を縁側から見かけた時、思わず目を止めてしまったことを。

 生前の瑠火が、数える程しか身に付けなかった和洋折衷の着物と洋服姿。
 髪形も、背丈も、声も、雰囲気も。まるで違うのに、初めて瑠火のその姿を見た時と同じに、息を呑んだのだ。

 余りにも自分にそっくりな容姿を持つ杏寿郎が、傍らに寄り添い立っていたからか。
 歩みの遅い蛍を、その一歩さえも愛おしそうに見つめる横顔が、遥か昔に置き去りにした自分と重なって見えでもしたのか。

 気付けば、その手を握り応える蛍の後ろ姿を、見えなくなるまで追っていた。

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