第24章 びゐどろの獣✔
「父上。蛍は何も知らず、偶然その書を手に取ったまでです。余り咎められませんよう」
「…お前は何様のつもりだ?」
身内であるからか。蛍には幾分他人行儀な槇寿郎も、息子には一層厳しい目を向ける。
凍り付くような空気に、蛍は内心頭を抱えた。
どんな理由であれ、家族である二人に険悪な空気など抱えさせたくはない。
「炎柱となったことがそんなに誇らしいのか」
「はい、誇らしいです! 且つての煉獄家の当主達と、ましてや父上と同じ道に立っているのですから。未だ未熟さは拭えませんが、父上にしか見えなかった世界がようやく見られるようになるのかと思うと。俺は嬉しいです」
「俺の見る世界だと…? お前にそんなもの見えるはずがないだろうッ」
ぴり、と空気が殺気立つ。
真っ直ぐ過ぎる杏寿郎の姿勢は、真っ直ぐには立てない槇寿郎だからこそ、時に悪手となるのだ。
そんな二人の姿を知っている蛍は、咄嗟に一歩踏み出した。
「あの…!」
「っ?」
掴んだのは槇寿郎の腕。
驚き振り返る顔に、はっとして慌てて手を離す。
「すみません…っあの…でも、槇寿郎さんに、お訊きしたいことがあって」
その場の二人の衝突回避の為に吐き出した問いかけだったが、半分本音だった。
花街から帰り着いて数日。
同じ屋敷にいながら滅多に会えない槇寿郎に、どうしても訊きたいことがあったのだ。
「槇寿郎さんは、伊武家のことをご存じですよね」
「伊武…?…ああ、あの」
なんのことかと最初は眉を顰めていた槇寿郎だったが、すぐにその名を思い出した。
元鬼殺隊で、元柱であった男だ。知らないはずはない。
望んだ応えに顔を明るくすると、蛍は続けて問いかけた。
「なら、伊武八重美さんという女性をご存じですか?」
「伊武、やえみ?」
「はい。歳は十八で、容姿端麗な女性です。伊武静子さんの娘さんなんですが…」
「…その女性が、何か?」
「あ、いえ…知っているかどうか、それだけ確認したくて…」