第24章 びゐどろの獣✔
「ただ、これ…」
「ん?」
「その…」
言葉を濁す蛍は、はっきりしない。
その姿に杏寿郎が頸を傾げていれば、そわそわと両手に持つ本を蛍は差し出した。
「と、とりあえず返すね。私が持っているのも悪い気がするし」
「そうか?」
「そうかって。歴代炎柱の書でしょ? 私が手にするのもおこがましいというか…」
「君が呼吸を悪用しないことは十分知っている。正しく呼吸を使う者に、その書を手にしてはいけない理由はないぞ」
告げる杏寿郎は、差し出された本を手にする素振りを見せない。
それどころか、そっと掌で押し返すと蛍の腕の中へと戻した。
「だが確かに、昔から大切に保管されてきた歴代の書だ。書物自体も相当古い。痛みが進む前に、戻しておこう」
「でも中を虫干し…」
「俺は見ない」
「え?」
「その書は、歴代の煉獄家当主が炎柱と成り得た事柄だ。俺自身も柱の称号を得た今、必要のないものだからな」
「それじゃ…」
読めないのではなく、杏寿郎は読まないと言った。
もしや破り捨てられた状態であることを知らないのか。
そう、問いかけようとした。
「柱の称号だと。そんなもの単なる階級を示すだけの肩書きに過ぎん」
遮ったのは、低く酒焼けのした声。
顔を上げた二人の前に、その男はいつの間にか立っていた。
「父上」
「槇寿郎、さん」
肌寒さの増していく晩秋間近。
それでも蛍が目にしてきた槇寿郎は、ほとんどが着物一枚の姿だった。
今日もまた深緑に近い天鵞絨色(びろうどいろ)の着物を一枚、身に付けた姿で大股に歩んでくる。
その声は鋭さを持って杏寿郎に向けられていたが、槇寿郎が足を向けたのは蛍の下だった。
「蛍さん」
「は、はい」
「この家の中をどれだけ好きに過ごすのも構わない。だがその書だけは勝手に触れてくれるな」
「っすみません」
静かだが圧のある声に、急いで炎柱ノ書を差し出す。
深く頭を下げる蛍の手から本を抜き取ると、槇寿郎は己の懐に仕舞い込んだ。