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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



 色めく花街から帰り着けば、すっかり夢から覚めたかのようだった。
 穏やかな日常を送る中で、ふと季節の変わり目の虫干しをしていなかったと千寿郎が声を上げたのが今回の発端だ。


「想像は凄くできるけどね。千くんの為に全速力で帰省する杏寿郎」

「前に、鍛錬中の事故で利き手を捻挫してしまったことがあったんです。その為に日常のことが上手くできず…つい兄上への手紙に綴ったら、翌々日の朝には兄上が家にいて」

「え。朝に?」

「当然のように台所に立って朝餉を作っていたものですから、凄く驚きました。私が手を使えないから料理をするのも一苦労だと言ってしまったばかりに…」

「それ、柱になった後の杏寿郎?」

「はい。訊くには、一日で仕事を終わらせてきたと」

「え。本当に」

「だから身の周りの世話は任せろと…」

「え。本当に?…ご飯も?」

「はい」

「食べたの?」

「…はい」

「食べられたの?」

「……なんとか」


 握り飯や粥のような簡単なものならまだしも、杏寿郎の料理の腕がからっきしなのは周知の事実。
 蛍も過去、師弟の関係だけであった頃に出汁の全く入っていない味噌汁を作る姿を見たことがある。
 だからこそ継子である自分が料理をするべきだと無難な理由を付けて、台所の所有権を奪ったのだ。

 全力の善意であるが故に千寿郎も断れなかったのだろう。その姿が目に浮かぶようだと、蛍は言葉を噛み締めた。

 いつも作って貰っているからと全力の意気込みで杏寿郎が台所に立とうとしたのを、これまた全力で千寿郎と共に止めたのも蛍の記憶に新しい。
 穏やかな日常というよりも、賑やかな日常だ。


「心中お察しします」

「何がだ?」

「ひゃっ」

「ぁ、兄上っ?」


 思わず合掌して頭を下げれば、間髪入れず後ろから渦中の声が届く。
 びくりと飛び上がる勢いの二人の視線の先には、袴にたすき掛け姿の杏寿郎が頸を捻りつつ廊下に立っていた。
 千寿郎と同じく高い位置で結ばれた髪房が、ふわりと揺れている。

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