第6章 柱たちとお泊まり会✔
(あ。)
ふんわりと鼻に届いたのは人肌の匂い。
真新しくはないその布は、長いこと大事に着込まれていたものだ。
紫紺色と、黄と緑の亀甲柄(きっこうがら)に似た四角が連なる珍しい柄模様。
半々柄のそれは、義勇が常日頃身に纏っている羽織だった。
「で、でも…これに、ちがついてしま」
「いいから着ろ。身包みを剥がされたくなかったらな」
半ば脅しのような文句だったが、蛍には十分効果があった。
色付いた先程の顔色とは真逆に、さっと青褪めると即座に義勇の羽織へと潜り込んだのだった。
パシャリと水音が跳ねる。
月明かりの下、縁側にちょこんと座り込んだ蛍の小さな体は、半柄羽織で半ば埋もれていた。
着物とは違い羽織だと心許無いが、小さな体を隠すには十分な代物。
半ば顔を埋もれさせたまま、その目はじっと井戸へと向いていた。
「これでいいか」
井戸の冷えた水で血を洗い流した着物を手に、戻ってくる義勇の裾や袖こそ濡れてしまっている。
しかし本人は気にした様子もなく、元の色に戻った着物をパンと小気味良い音ではたいてみせた。
「あり、がとう」
物珍しそうに義勇を見上げつつ、ぺこりと頭を下げる。
「煉獄には、お前が井戸の水を汲もうとして落ちたことにしておく」
「え…」
「水くらいなら鬼でも喉を通るだろう」
「それは、そう、だけど…」
「?…煉獄に知られたくなかったんじゃないのか」
歯切れの悪い蛍に、不思議そうにする義勇の言葉は的を得ていた。
こくこくと無言で頷く蛍は、ぱちりと目を瞬く。
(案外、面倒見いいのかな…)
杏寿郎とは全く型が異なるが、もしかしたら根本は似ているところがあるかもしれない。
口数は多くないが、文句一つ言わずに蛍の迎えに来ていた男だ。
得体の知れなかった影が、ほんの少しだけ薄まる。
口を開いて何かを告げれば、望んだものではなくても"言葉"が返ってくる。
口枷をしていろと言われた帰りの林道とは何かが異なる。
それは蛍の背を、ほんの少しだが押してくれた。