第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
童磨に無理矢理縛り付けられたリボンとは違う。
髪に埋もれることなく小さく主張する輝きは、不思議と安心感をくれた。
上書きされた訳ではないが、自然と視線は足元より上へと向く。
「ありがとう。大事にする」
「おー、しろしろ。失くしたら承知しねぇからな」
「うん」
素直に頷く蛍の反応が、なんとなくこそばゆい。
振り返り笑う蛍から手を離すと、天元は鼻の下を指先で擦った。
ボォオオーーッ
列車の先頭が、汽笛を上げる。
出発を示す轟に、天元は一歩窓際から身を退いた。
「じゃあな、蛍。煉獄、後は頼んだぜ。千坊も元気でな」
「承知した。宇髄も息災で」
「またお会いできる日を楽しみにしています」
「…天元っ」
ガタ…ン、ゴトン、とゆっくり前輪が回り始める。
最初の一歩を踏み出す列車の窓際から、竹笠の端を押し上げて蛍は白銀を目で追った。
「雛鶴さん達によろしく! 大事なものお借りしますって」
「ハイハイ。伝えといてやんよ」
「それと、任務だろうけどまきをさん達のことしっかり目をかけてあげてね。遊廓の…っ」
「わーってる」
「須磨さん達に、またお料理教えて貰いたいからっ」
「お前本当あいつらのことばっかだな!?」
「天元も!」
口酸っぱく妻の名ばかり出す蛍に物申せば、遮るように高い声が響く。
「色々ありがとう! 無事で帰ってこなかったら、その綺麗な髪の毛全部むしり取るから覚悟しておいて!」
ボォオォオオーーッ!!
汽笛が呻る。
速度を増す列車にぽかんと置き去りにされながら、天元は徐に吹き出した。
「おま、帰れない奴の髪の毛どうやってむしり取るってんだよ…ッ」
ひぃひぃと腹を抱えて笑いながら、窓際に貼り付く蛍を見送る。
盛大な笑い声も、汽笛で届いてはいないだろう。
「ったく…お前も、ちゃんと"お前のまま"帰ってこいよ」
姿勢を正すと、届かない言葉を飛ばす。
音は届かずとも、目で伝わる。
視界は先まで拓けている。
ひらりと片手を振ると、清々しい顔でその名を呼んだ。
「──〝柚霧〟」