第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「それに俺には〝これ〟があるからな」
「これ?」
二ッと砕けた笑みを向けて天元が親指で差し示したのは、煌びやかな額当て。
大きな宝石のような飾りが幾つも付いた、天元だけが使用している忍者の額当てだ。
「千人針(せんにんばり)って知ってるか?」
「ええと…確か、無事を祈るお守り、とか」
「千人の女といけば派手で粋がいいが、これは雛鶴まきを須磨の三人が、一から糸を編んで作ってくれたもんだ」
千本針とは、数多くの女の手で一枚の布に糸を縫い付け、結び目を作ってもらう祈願の手法である。
明治時代の戦争で、戦いに赴く兵士の無事や幸運を祈る為に、お守りとして持たせる民間信仰が流行ったものだ。
その真似事とはいかないが、三人の妻によって一つ一つ編み込まれ作られた額当ては、見た目の煌びやかさだけでなく分厚い鉢金(はちがね)を中に仕込んだ防具としても高い防御を誇る。
太陽に反射するように煌めく宝石も、妻達の手で丹念に磨き上げられたもの。
シャラン、と顔の横で揺れる宝石の飾りを、大層大事そうに天元は見つめた。
「何よりこれを身に付けてから鬼に負けたことはねぇ! 俺の必勝物だ!」
「(すんごい忍者を馬鹿にしてる防具だと思ってた…)雛鶴さん達が作ったの…ごめんなさいまきをさん須磨さん」
「おいコラ今馬鹿にしただろ」
「いたッ」
ビシッと今度は天元の指が蛍の額を弾く。
鼻の次は額を赤くしながら掌で押さえ、蛍は声を荒げた。
「なんでもかんでもそうやってすぐ手を出すのやめ! ごめんなさいって言ったでしょ!(なんでわかるかな!)」
「煩っせぇ顔してるからわかるんだよお前の言いたいことは。俺に謝れ」
「ごめんなさい(雛鶴さん)」
「俺にって言ってんだろ耳付いてんのか!」
「いだッ! だからなんでわかるわけ…!」
「目に誠意がねぇんだよ! 俺への誠意が!」
「誠意なんてものは全部奥様方にあげました!」
「よォしはっきり言いやがったな表出て面見せろ猫娘!」
「だから私そんな妖怪じゃないですけど表で面なんて見せたら焼け死にますけど!?」
「ぁ…兄上…黙って見ていていいんですかこれ…っ?」
「ああして二人が言葉を乱雑に交わすのは慣れたものだ! それこそ喧嘩する程なんとやら、だな。心配するな千寿郎!」