第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
天元の実力は知っている。
その腕前に何度も膝を地に着け、なぎ倒されてきた。
それでも童磨の腕前は、人智を超えたものだ。
どんなに鬼の頸を狩り取る術を持っていても、一瞬で氷漬けにでもされてしまえば人の命はない。
代えは利かない。
人間は、ただ一つ限りの命なのだから。
「心配は、してない。でも私の情報不足で、天元に死なれたら目覚めが悪いから言っただけ」
「この俺様が鬼に殺られるとでも思ってんのかよ?」
「万が一ってことも」
「阿呆か。万が一も臆が一もねぇわ」
「んグッ」
盛大な溜息をもう一つ。
辛気臭い蛍の顔に手を伸ばすと、徐に小鼻をむんずと掴んだ。
「ひょっと…! 何するんら!」
「これくらい避けられないお前が悪い。俺の手が見えてりゃ回避できんだろ」
「ぁ、姉上…っ」
「宇髄!」
物申すように声を上げる杏寿郎に、蛍の小鼻を捕まえたまま天元が視線を送る。
一瞬だけの視線の交差。
それだけで十分だった。
「……」
「…兄上?」
それ以上は何も言わず腕組みしたまま口を結ぶ杏寿郎に、千寿郎だけがおろおろと二人の顔を見比べる。
「その童磨って奴がどれ程の強さか知らねぇが、そんじょそこらの鬼に負ける気はねーんだわ。お前含めてな」
「童磨はそんじょそこらの鬼なんかじゃ…っ」
「そりゃ奇遇だ。俺もそんじょそこらの鬼殺隊じゃねぇ。戦り合ってみりゃどっちが上かすぐにわかる」
「らから…ッ」
「だから、」
びくともしなかった小鼻を掴んでいた手が、徐にぱっと離れる。
引き剥がそうと力んでいた姿勢の為に、蛍はその場に勢いよく尻餅を着いた。
「いった…ッ」
「そんな情けない顔してんなよ。仲間に同情される程、俺ァ非力な男になり下がった覚えはないぜ」
ずれた竹笠の端を指で弾くと、よく見える蛍の顔を見下ろし天元は笑う。
いつもと寸分も違わない、天元らしい強かな笑みだ。
「…その有り余る筋肉男さんのお陰で、顔がもっと情けなくなったんだけど」
「血の気のない顔してたし、赤みが増して丁度いいじゃねぇか。血色良くなったな」
「無理矢理感があり過ぎる…!」
赤く染まる小鼻を擦る蛍に、飄々と笑う天元は楽しげに。