第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「……」
「なんだその顔。まだ何か文句あんのかっての」
「──童磨」
「あ?」
「どうま、っていうの。私が会った、上弦の鬼」
渋めた顔をそのままに。噛み締めるようにして蛍が口にしたのは、二人の前では一度も吐露しなかった名だった。
「…知ってたのか。上弦の鬼の名前」
「よもや…俺も知らないとばかり…」
「…金色の長髪に、絵具を垂らしたような模様が頭部にあるの。目の色は虹色で、肌は血の気を退いたように白い。背丈は六尺以上あって、天元程の筋骨型じゃない。恰好は袴を履いてるけど上は洋服のようなもので、昨日会った時は金地に鶴が舞う模様の羽織を着てた。後は──」
「おいおい待て待て。なんだ突然」
「身形ならば昨日も細かに聞いた。言い直さずとも、俺も宇髄もしかと記憶に残してあるぞ」
初めて聞いた鬼の名には静かに驚いて見せた二人の柱だったが、次から次へと続く蛍の情報には思わず止めに入る。
「性格は、子供をそのまま大人にしたような感じ。だけど掴みどころがないというか…本音のように見えて本音に見えないというか…」
「いやだから待てって。俺達の話聞いてたか?」
「子供を大人に、か…ふむ。鬼は様々なものに擬態できる。大人の姿も敢えて変化させているものかもしれないな!」
「お前も話聞いてねぇな!ってか蛍に乗ってくるんじゃねーよ今は面倒臭ぇ!」
興味を持ち始める杏寿郎を一蹴すると、天元は盛大に溜息をついた。
童磨以上の上背を持つ天元では、列車の窓は低い。
身を屈めて窓の中を覗くと、竹笠の下に半ば隠れている顔がよく見えた。
「なんつー顔してんだ。煩ぇな」
「…何も言ってません」
「言ってんだろ顔がよ」
つらつらと並べ立てた童磨の情報とは違う。
蛍の中にだけ浮かんでいるであろうその思いを、天元は拾い上げた。
「思っくそ心配ですって顔してんじゃねぇか」
唇を真一文字に結んで、八の字眉で眉間に皺を作り、一見睨むような瞳の奥は沈んでいる。
お世辞にも愛らしいとは言い難い蛍の顔に、しかし天元はほんのりと口角を上げて笑った。