第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
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「じゃあな煉獄。土産の塊、ちゃんと親父さんに届けてやれよ。千坊の為に」
「勿論だ! 千寿郎諸共世話になったな。色々言いはしたが、俺以外の柱と触れ合えたのは弟としても貴重な体験だった。ありがとう!」
「絡んでったのは寧ろ俺の方だしな。いいってことよ」
「あの、宇髄様。また沢山、お話を聞かせてください。奥様方のお話も、ぜひ」
「おーよ。どうせなら三人連れて会いに行くわ」
「はいっ」
出発の時刻を待つ国鉄列車。
席の窓際から別れを告げる煉獄兄弟に、天元もまたホームまで足を運び見送った。
各々が思いを口にする中、兄弟とは反対側の向かい席に座る蛍は大人しいものだった。
その目は駅の出入口の向こう──花街へと続く道に向いている。
(…松風さん)
あの後、煙たがる松風に追い払われるようにして蛍と杏寿郎は身を退いた。
哀愁を覚えるような別れは、松風には不要だったのだろう。
松風を知っている蛍から見ても彼女らしいとは思えたが、それが金輪際の別れとなると物悲しくもなる。
「おい蛍」
「っ!」
松風の去った背中を追うように、ぼーっと見ていたからか。視界に突如ぬっと入り込んできた天元の顔に、驚き体が跳ねる。
「なんだその辛気臭ぇ顔。そんなにこの街が名残惜しいってか?」
「そんなこと…っ…ある、かも」
「あるのかよ」
ない、と言い切ろうとした声はすぐに萎んでしまった。
訪れる前は、二度と来たくはないと思っていたのに。
この花街で生きていた頃は見えていなかったものを、この数日で幾度も知った。
松風の言う通り、此処は生まれた場所ではないが、柚霧を育ててくれた確かな場所だ。
「別にこれっきりって訳じゃねぇんだから、また来ればいいだろ?」
「そうですよ、姉上。今回はお仕事もありましたから、今度はぜひ観光で行きましょう。舞妓さんの踊りも凄く綺麗だったし、もっと色んな芸事やお芝居なんかも観てみたいです」
「千くん…この街、好きになってくれたの?」
「はいっ」
無邪気な少年の笑顔を見ていれば、不思議と笑顔は伝染する。
花街という場に幼い少年を連れていくのは気が引けるが、育った街を好いて貰えるのは素直に嬉しかった。