第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「胸張っていきな」
「…っ」
今一度、深く頷く。蛍の声なき声を拾うように、杏寿郎は優しげに目線を隣に流すと、同じに頭を下げた。
「彼女は、俺の一生を賭けて守っていくと誓う。俺の知らない時を、柚霧と共に生きてくれてありがとう。──松風殿」
まるで娶る相手の、親族にでも向けるような感謝の意。
尊ぶように、かつての遊女の名を呼ぶ。
蛍に呼ばれた時と同じく、嫌な気などしない。
むず痒そうに肩を竦めると、松風は素っ気なく余所を向いた。
「ああ嫌だ嫌だ、こっちまで堅苦しくなっちまう。そんなもの向けておいででないよ」
上がりそうになる口角を、押し下げて。
緩みそうになる涙腺を、引き締めて。
「甘ったるい空気は、あんたら二人だけで十分さ」
そんな綺麗なものは、見ているだけに限ると。
伝染してしまう淡い熱に、掌で顔を仰ぎ隠した。