第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「柚霧もそうだがお松殿も、この花街の女性は誰もが魅力的だ。日の本(ひのもと)は、女ならでは夜の明けぬ国という。正にその通りだな!」
「女ならでは…明けぬ国?」
「なんだい藪から棒に…あたいらは生憎、旦那みたいな賢い頭は持ち合わせていないんでね。小難しいことで褒めてくれたって嬉しくもなんともないよ」
「ふ、くく…っいや、それでいいんだ。柚霧も、お松殿も。それがいい」
器量や気品などではない。
彼女達を愛してやまない思いに浸らせてくれるのは、この欲の渦巻く花街で、ありのままの姿を晒してくれるからだ。
それが嬉しくて堪らないのだと、杏寿郎は声を震わせ笑った。
「いやしかし、お松殿にはすっかり見透かされているな。既に俺は君に骨の髄まで腑抜けにされている。抗える術があるのなら教えてもらいたいくらいだ」
ふくりと笑みを零し終えると、困った様子もなく杏寿郎は手を差し伸べた。
「そんな自分が嫌いではないし、心地良くもあるんだがな。…さあ、帰ろう蛍。俺達の家に」
極自然な仕草だった。
声にも、瞳にも、差し出す指先一つにさえも、違和感などない。
当然のように告げてくるその姿に、蛍は思わず唇を噛み締めた。
胸の奥から熱い何かが、湧き上がってくるような気がして。
自分には、帰る場所が在る。
家族として迎えてくれる人達が、いるのだ。
「…うん」
差し出された手に、一回り小さな手が重なる。
その手を包み込むように、杏寿郎は優しく握りしめた。
「──松風さん」
手を引かれる間際。
振り返った蛍が、深く一礼する。
「お世話に、なりました。一夜だけでも、松風さんの柚霧になれてよかった…それだけでこの先ずっと、今の私を好きでいられるような気がします」
「それはあたいじゃない、あんた自身の成果さ。他の女郎が喉から手が出る程欲しがるような上等な男を、二人も手中にしちまうんだ。花魁なんて格付けなくても、あんたはあたいの知る中で最高の遊女だよ」