第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
家族や友人とは違う、奇妙な繋がりだった。
それでも変わらずこの地に彼女が立っていてくれたお陰で、目を逸らし続けていた過去の自分と向き合うことができたのだ。
「だから、松風さんには呼んでいてもらいたいです。柚霧を、誰より知ってくれている人だから」
「…俺からも頼んでいいだろうか? お松殿」
「なんだい、旦那まで」
「俺が身請けしたのは柚霧だ。その名も大切なひとの一部。同じに思ってくれる人がいるのなら、俺にもあり難いことなんだ」
「…柚霧が柚霧なら、旦那も旦那だねぇ。物好きなもんだ」
「そうか?」
やれやれと松風が肩を竦めれば、主張の強い双眸を緩めて、穏やかな顔で杏寿郎が笑う。
女なら魅入ってしまいそうにもなるその顔を、松風は煙たがるように手で払った。
「その如何にも幸せですって空気を撒き散らされたんじゃ、こちとら甘ったるいったらありゃしない。さっさと行っちまいな」
「それはすまない!」
「素直に謝るところが旦那らしいとも思うけどねぇ。人によっちゃあ余計に腹立つもんだよ」
「!? よもや…っ」
柚霧との一夜を越した朝からそうだった。
礼を告げに来た杏寿郎からは、ほとばしる程の幸せオーラを感じ取りつい胸焼けしそうになった程だ。
「もうあたいに訊かなくたって、二人だけで歩いていけるだろう? ほら行った行った」
自分は蛍を謝らせてばかりだと零していた杏寿郎につい手を差し伸べたのは、想い合う者同士だというのに二人の周りには見えない障壁が見えたからだ。
異国の者のような派手な身形もそうだが、杏寿郎も天元もこの時代には珍しい帯刀をしている。
蛍はと言うと大人の身でありながら子供服で着飾ることを仕事と称し、また現在は不可思議な程、頭から足先まで皮膚を隠すように衣類で身を包んでいる。
何かしらあるのだろう。
この二人の世界には。
松風の知らない世を、知っている者達だ。
(あんたの歩む先は、結局平坦ではないんだね)