第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
この花街で、杏寿郎達一行がすべきことはもう残されていない。
捕えた男を解放し、千寿郎の為にと土産を買い占め、帰りの駅へと赴いた。
「杏寿郎。この列車に乗って帰れるのかな」
「うむ、調べて来よう。千寿郎、切符を買ってくるから宇髄と其処で待っていてくれ」
「わかりました」
後方を歩いていた杏寿郎と蛍が、千寿郎と天元を残して切符売り場へと向かう。
「ちょいと旦那ッ!」
「む?」
「松風さんっ?」
その歩みを途中で止めたのは、息を切らして現れた松風だった。
「どうしたんですか?」
宿を出る前に、松風には礼と別れをしっかりと告げてきたはずだ。
何事かと二人が目を止めれば、松風は手にしていた薄い風呂敷を差し出した。
「何って、忘れもんだよ。自分から言っておいて忘れてんじゃないよ。世話が焼けるね」
「忘れ物? そのような覚えは…」
「べべだよべべ」
「! それは確かに忘れ物だ!」
「べべ?」
すぐさま理解し受け取る杏寿郎とは裏腹に、蛍は隣で頸を傾げている。
「これは昨日の任務作戦時に借りていた、蛍用の着物だ」
「えっ本当に買ったのっ?」
「うむ!」
「そんな…っごめんね、私がリボンを失くしたから」
「蛍が気にすることはない。よく似合っていたからな、また着て欲しいと俺が思ったんだ」
「う、うーん…でも子供用だから…色々着る場合も限られそうだし…」
「む。ならば仕立て直すこととしよう!」
松風の前では、濡らしてしまった為に買い取ると告げていたが、成程リボンを失くしたのかと納得する。
蛍の為ではあるが、喜ばせる為と言うよりも蛍の負い目を減らす為の行為だ。
それを知ったからこそ、挟むつもりのなかった口を出してしまう。
「どんな理由であれ、男が銭をはたいて買った上質な布だよ。あり難く受け取りな」
「松風さん……うん。ありがとう、杏寿郎。上質だから小物道具とか何に仕立て直しても、しっかり使えそうだし。大事に使わせてもらうね」
「うむ。だが堅実的な考えだな…どうせなら着飾るものに直したらどうだ? あのリボンだってよく似合って」
「リボンは嫌」
「む…」
「絶対」
「そう、か?」