第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
身長差はあれど臆することなく、偶にこちらがたじろぐ程の眼孔で見上げてくる。
そんな杏寿郎の目線は、すっかり地に落ちていた。
(どーだ。少しはこっちの気分もわかったか)
とは、腹の中だけで。
してやったりと天元は笑った。
昨夜、蛍を追いかける杏寿郎に思い知らされたものを、そっくりそのまま返す訳ではないが。
知らぬ間に杏寿郎と蛍が築き上げていた関係を、突き付けられた。
そこへのもやついた思いも、お陰で多少は晴れたというものだ。
「千寿郎、不甲斐ない兄ですまない…」
「そんなことは…っ父上に聞かせたいお土産話が沢山できましたし。私は、兄上と此処に来られて嬉しかったですっ」
筋肉の壁から解放してやれば、ぴょこんと結んだ髪の先を跳ねさせ千寿郎が兄へと駆け寄る。
その弾んだ声も、笑顔も、喜ぶ姿も、杏寿郎だから引き出せるものだ。
もの哀しげな空気を残し「自分は大丈夫です」と笑う癖のついていた、年端もいかない少年。
だからこそ構い倒してやりたいと思ったのは天元の本音だ。
だが結局は、兄の代わりは誰にもできないものなのだ。
やれやれと視界の隅で、身形そっくりの中身はまるで違う兄弟を見送りながら、天元は不意に視線を切り替えた。
「蛍」
「ん?」
同じに、ほんのりと笑みを浮かべて煉獄兄弟を見守っていた、蛍に向けて。
「煉獄もわかり易い顔してたが…お前はまた別格だな」
「? 何が」
「艶が増してんじゃねぇか」
「つや?」
「艶(あで)ってことだ。そんな気配、今まであったか?」
己の顎に手をかけて、しげしげと顔を寄せてくる天元の嗅覚にも似た鋭さには、蛍も舌を巻いた。
思わず、顔が仰け反るように退いてしまう。
初めて杏寿郎に抱かれた時も、すぐに見破っていたのは天元だけだった。
はっきりとその件について突っ込んできたのが、彼だけだったということもある。
「何、言って…千くんの前で」
「今の千坊には聞こえてねぇよ。それに俺くらいだろうよ、気付けんのは」
「は?」
「よかったなぁ。心優しい俺様に免じて、今回は見逃してやる」
「何…って、ちょっと」
ぐしりと、天元の掌が蛍の頭を押し付けるようにひと撫でする。