第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
天元の後ろ。
襖を開けた向こう側から、ひょこりと覗いているのは心配そうにこちらを伺う千寿郎だった。
「ごめんね千くん、起こしちゃった?」
「いえ、いつも早朝から起きていますから。兄上達の声で起きた訳じゃありません」
「じゃあ最初から?」
「はい。よかった、姉上。ご無事でしたか」
小走りに出てきた千寿郎が、ほっとした表情を浮かべる。
「飢餓を抑える為に、一度兄上とこの場を離れたと宇髄様から聞きました。私も差し上げられるものがあったのに、気が付かずにすみません」
「そんなこと…飢餓?」
「なんだよ、お前らから言ったんだろ。飢餓抑制の代用考えてたって」
今し方聞いた杏寿郎と天元の会話から、千寿郎が察した様子はない。
元々天元からそう告げられていたと話す千寿郎に、思わず蛍の目が高い位置にある顔を見上げる。
耳を小指で掻きながら、さも当然のように天元はその視線を受けた。
「うん…そう、だったね。説明、ありがとう」
「しなきゃ千坊が心配するだろ。ま、しても心配してたけどな。ずーっとそわそわしてたし。日の出と同時にだぞ。お前ら、誠心誠意込めて千坊に謝っとけ」
「う、宇髄様っ」
「本当のことだろ?」
「あれは私が勝手に心配していただけで…大丈夫ですよ姉上っその間、宇髄様の任務のお話なども色々聞けましたし」
「でも説明もなしに出て行ったことには変わりないから。ごめんね千くん」
「私を起こさなかったのは、姉上達の配慮だとわかってますから…」
偶然の一致か。
天元も先程弁解した杏寿郎と似たようなことを、千寿郎に説明していたらしい。
千寿郎に余計な心配をさせないようにと、それこそ天元の配慮だ。
素直に頭を下げる蛍に、千寿郎は両手を前に出すとぱたぱたと慌てて振った。
「うむ。ずっと待っていてくれたのだな…すまん千寿郎。心配をかけて」
「いいえ。兄上も、姉上に体の一部を分け与えたのでしょう? 一度体を休め」
「しかし! いつから"宇髄様"などと呼ぶようになったんだ!?」
「えっ」
「目敏っ。お前はなんだ、小姑かよ」
「幾分、君に対する千寿郎の声も柔らかいように思う!」
「あ、兄上」
「呆れ通り越して寧ろ怖いわ」