第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
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「俺は確かに時間に構うなつったがよォ。だからって朝帰りして来いとは言ってねぇんだけど?」
やはり一番危惧すべきは待たせていることだと、身形を整えることもそこそこに二人が借りていた部屋へと戻ったのは、花街が寝静まった頃。
静まり返る街並みとは裏腹に、太陽が顔を出し世界を照らす頃合いだった。
「そのことに関しては悪かったと思っている。しかし致し方ない理由があったんだ、すまない!」
出迎えたのは、部屋の前で道を塞ぐように仁王立つ宇髄天元。
尤もな意見に蛍が何も言えずにいれば、ずいと一歩前に出た杏寿郎が笑顔で真正面から天元の視線を受け止めた。
「発症した蛍の飢餓に何が抑制として代用できるか試行錯誤をしていれば、よもや時間も瞬く間に」
「杏寿郎、杏寿郎」
「む?」
「多分杏寿郎が思ってるような意味で言ってないからこの忍者」
「忍者言うな猫娘」
「ぃたッ」
純粋に待ちぼうけをさせてしまったことを謝罪する杏寿郎に対し、天元は別の意味で文句を言っているのだ。
"朝帰り"という言葉を天元と同じ意図で汲み取った蛍が杏寿郎の袖を引けば、びしりと忍者の太い指がその額を弾く。
「宇髄ッ」
「あんだよ。お前は一番文句言えねぇからな。飢餓抑制の代用ってなんだ言ってみろ」
「む…っそれは言えない。俺のものが効果があっただけで、誰のものでも通用する訳ではないからな!」
「さっぱりした顔で腹立つこと言ってんじゃねぇよ大方察しはつくわお前の顔で」
「俺の顔かっ?」
「そうだよお前の顔だよ鬼に餌をやった側だっつーのに血色の良い顔しやがってよォ! 本当腹立つわ!」
「! よもや」
びしりと今度は天元の指が杏寿郎の顔を差す。
素直に驚きを見せる杏寿郎の反応が、また天元を苛立たせるのだろう。
その気持ちもわかってしまうからこそ、蛍は反論を控えた。
「…あの、」
それでも黙っていられないことが一つ。
「そんなに大声出すと、千くんが──」
「兄上…姉上、」
「! 千くんっ」
花街は賑わいを静めているのだ。
よく通る二人の声が響き合えば、襖の向こうの千寿郎が起きてしまうのではないか。
そう心配した蛍の気遣いは、瞬く間に折られてしまった。