第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
名前を二つに分け合った時に、心も二つに断ち切った。
柚霧の全ての感情に蓋をしてさえいれば、花街の色欲に染まっても、どんな仕打ちを受けても、前を向けた。
そうして盾になり続けた心を、ようやく認めて、受け止めることができたのだ。
「やっと自分で選んだ男性(ひと)を見ることができるんだから…ずっとお慕い、させて下さいな」
「っああ、勿論だ。生涯、俺の傍から離れてくれるな」
「…うん」
強まる抱擁が、言葉の縛りが、甘くて心地良い。
ふくふくと止まらない笑みで喉を鳴らしながら、蛍は甘えるように柔らかな焔髪に頬を擦り寄せた。
柚霧の時は、一度だって受けたことはなかった。
体目的で会いに来る男達の、生涯の伴侶になるなど考えもしなかった。
(身請けされた姐さん達は、こんな気持ちだったのかな)
月房屋は身請け制度など設けていない身売り屋だったが、他所ではちらほらと聞く話だった。
多額の身請け金を支払われ、一人の男のものになる。
それはただ住まう牢獄の場所が変わるだけだと思っていたが、毎夜数々の男に抱かれ続けるよりは余程いい。
過去には柚霧の心を欲し、体だけが目的ではない男だっていた。
もし、その男に心を開けていたのなら思いは変わっていたかもしれない。
もし身請けを受けた女郎の中にも、心から慕う相手を見つけられた者がいたのなら。
相手もまた、同じ気持ちでいたのなら。
そして女郎をただの金魚から、人へと変えられるだけの財力を持ち得ていたのなら。
(奇跡、だなぁ)
そう呼ばずして、なんと呼ぶのか。
自分が望む相手に、同じように望まれる。
ただ一人の相手に、想いを込めて告げることができる。
それがどんなに幸福なことかと、蛍は噛み締めるように瞳を閉じた。
(やっぱり。世界でいちばん、しあわせだ)
この腕の中でこそ。