第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「私、身売りをやってた時は芸事は磨かなかったから、歌も上手くはンぷっ?」
苦笑混じりに続けていた蛍の声が途切れる。
急に抱き寄せられて、広い肩に唇を押し付ける形になってしまったからだ。
「ん、ん…杏寿郎?」
「っ……よかった」
ぷはりと肩から顎を上げれば、更に熱い抱擁を貰う。
蛍の髪に顔を押し付けて、杏寿郎は深く安堵の息をついた。
「消えてしまったのかと…」
「………もう」
普段の彼からは想像もつかない、小さな小さな本音の声。
眉尻をほんの少しだけ下げて、蛍は困ったように笑った。
「消えるなって、引き止めたのは杏寿郎でしょ?」
応えるように、丸める広い背に両手を回して。
「そうだが…」
「あ。ちなみに杏寿郎に言われたから、仕方なく残した訳じゃないからね」
「む」
「そもそも私自身が無理だと思えば、残せなかった心だから。無理して此処にいるんじゃないよ。私が、望んで此処にいるの」
負い目など感じさせないように。杏寿郎の心を見透かして、明るい声で蛍は笑う。
そこには置き去りにした心など欠片もない。
ありのままの、柚霧の本心だった。
「私が、ここにいたいの。杏寿郎さんの傍に」
砕けた口調で、杏寿郎さんと愛おしげに呼ぶ。