第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「彩千代蛍という女性の心と体だけでなく、人生そのものが欲しい。未来だけでなく、過去まで欲してしまう。君相手だと、見境のない子供のようになってしまうんだ」
己の感情を、己で支配できない。
困ったように眉尻を下げ、それが幸福であるように杏寿郎は笑った。
「情けないと思う時もあるが、お陰で今宵、知らなかった柚霧の顔を知ることができた。俺しか知らない君の顔が、また一つ増えた。それが堪らなく嬉しい」
一つ一つ、感情を噛み締める声に誘われるように。
顔を覆っていた手をゆっくりと離して、柚霧は振り返った。
「怖がってもいい。俺のように不甲斐なく思えてもいい。それでも、その感情が生まれたことにはきっと意味がある。例え君の中になくとも、俺にはあったんだ。…だから消すようなことだけはしないでくれ」
視線が重なる。
間近で捉えた金輪の双眸は、夜の闇を照らす月のようだ。
この体を燃やし尽くしてしまう太陽ではない。
歩む先を導いてくれる、優しい光だ。
ただ一人、柚霧にとっての。
「消すことができないなら…柚霧(わたし)は、何処にいけばいいですか…?」
「何処にもいかなくていい。"ここ"にいてくれ。俺の傍に」
「ですが…私、は」
「柚霧のままでいろとは言わない。君が並々ならぬ決意で、俺にその姿を見せてくれたことは知っている。ただ、捨てないでくれ。柚霧があっての蛍なんだ。俺は、柚霧の心も欲しい」
「…っ」
ひとつだけでは足りない。
ぜんぶ欲しい。
子供のような願いを、愛おしむように口にする。
甘い甘い束縛のような願いに、柚霧の瞳が揺らいだ。