第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「もう、慣れたものだと思っていたけど…知ってしまったから。杏寿郎さんの、ぬくもり、を」
「…柚霧」
「怖かったんです…そんな自分を、杏寿郎さんに見せることも、怖かった。胸を張れるものなんて、ひとつも、ないから」
自分と他人を比べることなど愚行でしかない。
そう頭ではわかっていても、己の足場を見下ろしては悟ってしまう。
人と鬼。
男と女。
そんな単純な答えではない。
元より生まれ落ちた世界も、歩んできた道も、自分と彼とでは全く違うのだ。
「柚霧(わたし)の人生が、惨めったらしいものだったなんて、思いたく、ないんです…でも、比べてしまうんです。受け入れてくれた、杏寿郎さんが…迎えてくれた、千くん達のおうちが、すごく、あたたかくて」
瞳を通して映る色も、共に吸い込む空気の味も。
どれもが温かく、優しくて。
幸せとはこういうものを呼ぶのだろうと、知った。
「私の、知らないものばかりだったから。手放したく、なくて。だから、怖くなるんです」
ぽつぽつと感情のままに吐露しながら、嗚呼そうか、と見えなかった自身の思いに気付く。
殺される道しか歩めなかった自分自身を知られることを怖がったのは、ただ惨めな自分を曝したくなかっただけではない。
失くしたくなかったからだ。
初めて知った、他者から与えられる家族という温もりを。
「時折思うが…君は本当に、欲がないな」
静かに耳を傾けていた杏寿郎は、落ち着きを取り戻したような吐息をひとつ。
肩の力を抜くと、穏やかに笑った。
「そんなことは…今、杏寿郎さん達を手放しくないって」
「そんなもの欲張りでもなんでもない。俺と君とが家族になれば、生家は君の我が家だ。在って当然のものだろう」
「……」
「俺も母上が亡くなってからは、父上があの状態の為に必要以上のものを求めることはやめたが…こと柚霧となると、そうもいかないんだ。自分でも呆れる程、欲が出る」
呆れてしまうが、そんな自分を嫌ったことなどない。
寧ろ瑠火が亡くなってから行き場を失いぽっかりと抜け落ちていた幼心を、もう一度取り戻せたような気さえした。