第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「っ…私だって、欲張り、ですよ。そんなふうに甘やかされたら、我儘になってしまうかもしれません…」
「ふ、ははっそうかっ」
「?」
「いや。蛍と同じことを言うと思ってな。だったら尚の事甘やかさなければ」
「んむっ」
むぎゅりと強めの抱擁を貰って、柚霧の声が詰まる。
「俺ばかり我儘を言っていては、割に合わない。だから君の我儘も聞かせてくれ」
強めの束縛が、心地良いと感じてしまう。
背中を包む体温に身を委ねそうになりながら、柚霧は口を閉じた。
はっと目が冴えるような格言を口にすることもある杏寿郎だが、柚霧の心を揺らしたのは諭すような言葉ではなかった。
ただ君の全部が欲しいと。
建前も理由もなく、幼子のように欲した彼の想いだ。
「っ私は…」
「うん」
「私、は」
「ああ」
「わた、し…」
唇を噛み締める。
思う以上に震えてしまう声に鞭を打って、束縛する腕を抱きしめた。
「私に…杏寿郎さんを、ください」
柚霧という名を欲したことなど一度もない。
勝手に役目として名付けられた、枷のようなものだった。
なのに愛おしそうに彼がその名を紡ぐから。
呼ばれることに、幸せを感じてしまった。
「今夜だけじゃなく。この先も、ずっと」
世界中で、ただ一人だけでいい。
ただ一人、彼の目に映り続けることができたなら。
胸など張れなかった花街での人生にも、意味ができるような気がした。
「ずっと…お慕いしていたいです…杏寿郎さんの、"ここ"にいたい…」
俯く柚霧の語尾が、細く途切れる。
それでも一字一句残すことなく拾い上げた杏寿郎は、深く口元に弧を描いた。
「…本当に、君の我儘は我儘とは言えないな」
ようやく聞くことができた。
待ち望んでいた思いだ。
「一夜では到底割に合わない。だからこの先も、俺の傍で我儘になってくれ」
俯く顔を掬い上げるように、顎に添えられる掌。
持ち上げられて、導かれて。
上がる柚霧の目に映るのは。
「柚霧」
この世でたったひとつの幸福を、くれるひと。