第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
結果、両頬を林檎のように赤く染め上げた杏寿郎は、どうということはないと笑う。
蛍の時も情事後は十分色香を纏っていたが、柚霧には柚霧にしかない甘さがある。
一夜抱いただけでは慣れはしないと、笑顔を向けながら杏寿郎は気を引き締めた。
「もう。そんなに叩いたら腫れてしまいますよ。冷やさないと」
「問題ない、そのうちに治まる。柚霧程、治りは早くないだろうがな」
「そうですよ。杏寿郎さんはもっと自分の体を大切にして下さい」
背中から包まれる体温に浸りながら、柚霧は労わるようにそっと杏寿郎の頬に指先で触れた。
「…偶に、思うんです。人間でなくなって、人間にはできないことができるようになってから…私のこの体の一部だけでも、杏寿郎さんに分け与えることができたらいいのに、と」
「分け与える、か?」
「そうしたら傷付いてばかりいるこの体を、癒すことができるでしょう?」
鬼に成ってよかったなどと思ったことは一度もない。
ただ、鬼に成ることでこの温もりを知ることはできた。
本来は出会うはずのなかった杏寿郎と、出会うことができたのだ。
それだけは、今では譲れないもの。
「それができたら、私のいる意味もあるのかなって」
「…君は君だ。蛍として、柚霧としてこの世に生きているだけで意味がある。何より俺がそれを欲している。存在意義など探す必要はない」
「杏寿郎さんのその思いには、沢山救われました。でも、私が私であるからできることはないかって、思ってしまうんです」
目尻に薔薇色を差し込んだ艶やかな瞳は、柚霧だけが持つものだ。
しかし告げるその意志は、京都で蛍が告げた意志と同じだった。
「そうか…そうだな。それが君だった」
最初は、人として死にたいとだけ願っていた蛍が、ここまで踏み出したのだ。
並々ならぬ思いで抱えた意志だと、杏寿郎も知っていた。