第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
(…やっぱり、違う)
背中に感じる体温も。上から繋ぎ止めるように覆う大きな掌も。被さる体重さえも心地良く甘い。
童磨に強制された時は嫌悪感しかなかったというのに。
相手が杏寿郎というだけでこんなにも離れがたくなるのだと、柚霧はシーツに押し付けていた頬を自然と緩めた。
「最後のあれは、なんだったのだろうな…よくわからないが、馴染み知る蛍の中とは違う。うねり絡み付いてきて、とても気持ちがよかった」
「そ…そう、ですか?」
「ああ」
耳元で囁かれる杏寿郎の言葉に、つい先程の情事を思い出してしまう。
顔に熱を感じながら、柚霧は小さな声で「私も」と呟いた。
「初めて、でした。あんな感覚。頭と体がふわふわして、知らないところへ昇っていくような…そんな感じがして……気持ち、よかった」
シーツに押し付けられた顔は見えないが、赤く染まる小さな耳はよく見える。
どうしようもなく愛らしく思うまま、杏寿郎は目を細めると耳の付け根の古傷に優しく口付けた。
「ならこれは、俺と柚霧だけの享楽だな」
「ん…二人だけの、秘め事ですね」
薄い皮膚を掠める唇が、くすぐったくも心地良い。
嬉しそうな杏寿郎の声につられて、ふくりと柚霧も顔を綻ばせた。
体を繋げて熱を交わした後は、心も体もいっぱいに満たされて余計な思考に染まる隙間もない。
ただただ目の前の存在が恋しくて、共に息衝くだけの時間が幸せで。
どうしようもなく、想いが溢れてしまうのだ。
「だがこれでは折角の柚霧の顔が見えないな…」
「え?」
「少し動くぞ」
「あっ」
不意に体が布団から離れ浮く。
慎重に柚霧の体を抱き上げると、膝に座らせたまま布団の上に杏寿郎も腰を落ち着けた。
布団に伏せていた時よりも、少し身動げば柚霧の表情を伺い知ることができる。
「うむっこちらの方が柚霧の顔がよりよく見えるな。どうだ?」
「っ…こちらの方が、杏寿郎さんをよりよく感じてしまいます…」
「む」
バチンッ!!
「またっ!?」
「すまん! 俺の欲は聊(いささ)か幼稚過ぎるようだ!」
恥じらう柚霧に、二度目の平手打ちが杏寿郎の顔に炸裂するのは秒とかからなかった。