第6章 柱たちとお泊まり会✔
「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」
部屋を出て長い廊下を進んでいると、やがて"それ"と目が合った。
ジャリジャリと数珠を擦り合わせながら念仏を唱えている、岩柱の悲鳴嶼行冥。
しのぶとの用事を終えた後、炎柱邸を去ったのかと思っていたがそうではなかったらしい。
義勇の存在に、念仏を唱えていた声が止まる。
両手を合わせたまま、光の差さない目がぽつんと離れた井戸へと向けられた。
「鬼子を見かけたので、放っておけなかった…」
つられて義勇の目が井戸を捉えるも其処に蛍らしき姿は見えない。
しかし行冥の言う通りであれば、蛍は厠へ行った訳ではなかったらしい。
そこに出くわした行冥が、言葉通り見張っていたのだろう。
「手間を掛けました。後は俺が引き継ぎます」
返事はなかったものの、告げれば静かに行冥が縁側から腰を上げる。
義勇を遥かに上回る巨体の持ち主でありながら、砂利の上を進む歩に足音は生まれない。
「あれは哀れな鬼だ…あのまま生かしておいても、哀しいだけだ…」
去り際に告げていく行冥の言葉に、義勇は何も反応を示さなかった。
井戸から目を離さず、しかしその足を進めたのは完全に行冥の気配が消えてからだ。
ジャリ、
敢えて足音を立てて自分の存在を伝える。
そうして井戸の死角になっていた裏側へと向かえば、其処に小さな少女の姿はあった。
義勇が姿を見せても反応を示さない。
じっと屈み込んでいる小さな頭は俯いて、表情は見えなかった。
ぽたりと、白い砂利に赤い雫が落ちる。
蛍の腕や口周りは、今し方噴き出したような鮮血で染まっていた。
自分で自分の体を喰らったのだろう。
力無く垂れた腕から伝う血が、着物の裾を赤く染め上げている。
一瞬足を止めたものの、義勇は再度歩み寄るとその前で腰を落とした。
視線を下げても見えない蛍の目は、血に染まる砂利を見続けている。
「何をしている」
間近で声を掛ければ、ようやく小さな体が反応を示した。
ゆっくりと顔を上げた、義勇の目に映る蛍の表情。
そこには虚ろな目があった。
血肉を喰らった所為なのか、それとも別の何かが理由か。
血の気の退いた白い顔に、べったりと纏わり付く真っ赤な血が毒々しい。